策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
 一週間後。

 結婚は、できれば好きな人としたいと望んでいた。

 きっと誰だってそうだ。

 由衣ほど憧れはないにしろ、恋愛経験皆無な私にだって、いつか最愛の人と結ばれる理想はそれなりにあった。

 でも、立場上無理かもしれない……。

 そう半ば諦めの境地ではあったけれど。

『婚活パーティーで結婚相手を探すくらいなら、俺にしとけばいいだろう?』

 彼の発言には驚いた。今でも夢なんじゃないかと思うほど。

 あの日、閉口したまま放心状態でエレベーターを降りた。

 城下さんが手厚くエスコートしてくれたから、父は私たちの仲が深まったのだと勘違いし、帰りの車中は上機嫌だった。

『俺になら、きみが大切にしているものを守ることができる』

 私が大切にしているもの……。

 それがなになのか、どうして彼にわかるのだろう。

 それに、そこまでして福本建設と政略結婚で繋がりたい理由ってなんなんだろう……。

 なにか特別な理由があるからこそ、そこまで言ってくれたのはわかっているのに、不覚にもドキドキしてしまった。

 一週間、城下さんの言動が頭から離れず、午前の勤務を終えた昼休み。

 由衣からは、婚活パーティーでの件を気遣うメールがたびたび届いていた。

 後藤さんと会社で顔を合わせても、平然とお互い仕事をするだけで特に変化はない。

 ひょっとしたら城下さんが注意してくれたのが効いているのかもしれない。

 心配してくれている由衣に大丈夫だと返信し、本社の休憩室でパンにかぶりついたとき。

「福本さん、そのパン好きなんだね」

 突然背後から聞こえた声に驚いて、ビクッと両肩が跳ねる。

 パンを咀嚼して振り向くと、後藤さんが満面の笑みで立っていた。

 ちょうど後藤さんのことを考えていたから、驚きすぎて心臓がバクバク鳴った。

「最近いつも、この店のピスタチオパン食べてるよね」

 後藤さんが片手に持った紙袋を高く掲げる。

 一ヶ月くらい前に本社近辺に新たなベーカリーがオープンして以来、よくランチをテイクアウトしているけれど、後藤さんと遭遇した試しはない。

 後藤さんは紙袋の中から私と同じ緑色のパンを取り出し、柔和に微笑む。

「俺も好きなんだ。美味しいよね!」

 ピスタチオの餡がねじり込まれ、ほのかに香ばしくて甘くてとても美味しい。

 それは認めるけれど……。

「俺たちって、趣味が合うんだね」

 背筋がゾッとして、体が硬直する。

 糸と形容できそうなほどに目を細め、後藤さんは戸惑う私に構わずに無邪気に笑った。

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