策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
その日から、就業時間を終え帰宅する際に必ず後藤さんの姿が目に入った。
あるときはエレベーターで、あるときはエントランスで、またあるときは社外に出てから交差点で。
同じ部署だし、たまたま帰宅時間や行き先が被っただけかもしれない。
しかし、ベーカリーの件もあり、待ち伏せされているように思える。
仕事中は平然と業務に集中しているのに、就業後は必ず後藤さんの姿が視界に入る。
プライベートまで侵食されていくようで、なんだか頭がおかしくなりそうだった。
誰かに相談したいけれど、城下さんとの政略結婚の話があるだけに、父には心配をかけたくないし話せない。
上司の総務部長に打ち明ければ確実に父の耳に入るだろう。
ただでさえ社長の娘という難しい立場なのに良くしてもらっている。
気を遣わせているのは重々承知しているし、なるべく迷惑をかけたくなかった。
「はあ……」
後藤さんに付きまとわれているのではと気になりだしてから二週間。
帰宅する頃になると憂鬱だった。
周囲を警戒したり過敏に反応したりするため疲弊し、心から休まらない日々だ。
それでも今日は、就業後から後藤さんの影を感じずに、会社の近くに借りているマンションへとたどり着いた。
ひとり暮らしをするとき、セキュリティーだけはしっかりとしたところにしてほしいと父から言われ、オートロックのマンションに決めた。
福本建設本社ビルから徒歩十五分弱の距離を足早に移動し、なんとかくつろげる場所へとたどり着く。
ホッと息を吐いたのもつかの間、エントランスの前に不穏な人影が見えてギョッとした。
距離が縮まるにつれ、徐々に人影の人物があらわになり、思わず息を止めた。
「あ、福本さん。お疲れさま!」
後藤さんはさも今私に気づいたといった自然な調子で挨拶する。
「ここ、どうして……」
「ああ、ここ? もしかして福本さんのマンションなの?」
足を止め、震える声で尋ねた私に対し、後藤さんはわざとらしくキョトンとする。
その芝居がかった態度に寒気がした。
ベーカリーの件もそうだけど、私を尾行してる……?
「ところで、婚活の進捗はどう?」
馴れ馴れしく言って、後藤さんは私に近づく。
「この間は邪魔が入ったけど、どうかな。今度一緒に食事でも」
「食事?」
「うん。だって俺、福本さんに運命を感じてるんだ」
運命……? 一体なにを言っているのだろう。
得体の知れない恐怖で体が硬直する。
「こ、こういうことは、困ります」
思いのほか声は小さく、震えてまったく響かない。
「え、こういうことって? 俺はただ婚活相手を探している福本さんの力になりたいだけだよ」
話が通じない状況に絶望しかけた矢先、マンションの住人が偶然エントランスに近づいてきた。
「力になってくださらなくて結構です。お願いですから帰ってください、これ以上付きまとったら警察を呼びますよ!」
両手足を必死で力ませ、私は今出せる精一杯の声を発した。
すると通り過ぎるはずのマンションの住人が足を止め、訝しげな眼差しで後藤さんを見た。
「今日のところは帰るよ。食事楽しみにしてるから、空いてる日があったら教えてね!」
オドオドした後藤さんは早口に言い、そそくさと私の前から立ち去った。
あるときはエレベーターで、あるときはエントランスで、またあるときは社外に出てから交差点で。
同じ部署だし、たまたま帰宅時間や行き先が被っただけかもしれない。
しかし、ベーカリーの件もあり、待ち伏せされているように思える。
仕事中は平然と業務に集中しているのに、就業後は必ず後藤さんの姿が視界に入る。
プライベートまで侵食されていくようで、なんだか頭がおかしくなりそうだった。
誰かに相談したいけれど、城下さんとの政略結婚の話があるだけに、父には心配をかけたくないし話せない。
上司の総務部長に打ち明ければ確実に父の耳に入るだろう。
ただでさえ社長の娘という難しい立場なのに良くしてもらっている。
気を遣わせているのは重々承知しているし、なるべく迷惑をかけたくなかった。
「はあ……」
後藤さんに付きまとわれているのではと気になりだしてから二週間。
帰宅する頃になると憂鬱だった。
周囲を警戒したり過敏に反応したりするため疲弊し、心から休まらない日々だ。
それでも今日は、就業後から後藤さんの影を感じずに、会社の近くに借りているマンションへとたどり着いた。
ひとり暮らしをするとき、セキュリティーだけはしっかりとしたところにしてほしいと父から言われ、オートロックのマンションに決めた。
福本建設本社ビルから徒歩十五分弱の距離を足早に移動し、なんとかくつろげる場所へとたどり着く。
ホッと息を吐いたのもつかの間、エントランスの前に不穏な人影が見えてギョッとした。
距離が縮まるにつれ、徐々に人影の人物があらわになり、思わず息を止めた。
「あ、福本さん。お疲れさま!」
後藤さんはさも今私に気づいたといった自然な調子で挨拶する。
「ここ、どうして……」
「ああ、ここ? もしかして福本さんのマンションなの?」
足を止め、震える声で尋ねた私に対し、後藤さんはわざとらしくキョトンとする。
その芝居がかった態度に寒気がした。
ベーカリーの件もそうだけど、私を尾行してる……?
「ところで、婚活の進捗はどう?」
馴れ馴れしく言って、後藤さんは私に近づく。
「この間は邪魔が入ったけど、どうかな。今度一緒に食事でも」
「食事?」
「うん。だって俺、福本さんに運命を感じてるんだ」
運命……? 一体なにを言っているのだろう。
得体の知れない恐怖で体が硬直する。
「こ、こういうことは、困ります」
思いのほか声は小さく、震えてまったく響かない。
「え、こういうことって? 俺はただ婚活相手を探している福本さんの力になりたいだけだよ」
話が通じない状況に絶望しかけた矢先、マンションの住人が偶然エントランスに近づいてきた。
「力になってくださらなくて結構です。お願いですから帰ってください、これ以上付きまとったら警察を呼びますよ!」
両手足を必死で力ませ、私は今出せる精一杯の声を発した。
すると通り過ぎるはずのマンションの住人が足を止め、訝しげな眼差しで後藤さんを見た。
「今日のところは帰るよ。食事楽しみにしてるから、空いてる日があったら教えてね!」
オドオドした後藤さんは早口に言い、そそくさと私の前から立ち去った。