策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
 そして目を見開く女性に向かい、「本命の彼女。玉の輿だよ? 社長令嬢だからね」などと、笑いを帯びた声で発した。

「だから、きみの発言は妄言だよ。そもそも俺の気持ちはきみになかったし、式場を予約するなんて約束もなんのことだか……」

 私を使ってしらばっくれる気だ。

 女性を裏切り嘘を重ねて……あまりにも酷すぎる。

 その片棒を担がされるなんて、冗談じゃない。

「な、なにを言ってるんですか!」

「これは一体、なんの騒ぎです?」

 制御不可能な怒りで震える私の声と、聞き覚えのある男性の声とが重なった。

「今、こちらの方と結婚すると聞こえた気がしましたが」

 コツ、コツと背後から足音が近づく。

 対面する後藤さんの目が盛大に見開かれる様子をスローモーションで見て、ただごとではないと察する。

「俺のフィアンセになにか?」

 肩に手のひらから伝わる温かい熱が伝わったと思ったら、突然ガクンと後方に体重が移動した。

 私の体はされるがまま、男性に強い力で抱き寄せられている。

「あ、あのときのホテルスタッフ……?」

 ようやく聞き取れるほどの小さな声で発した後藤さんは瞠目していた。

 違う、ホテルスタッフではない……。

『力任せに掴まれては、ただ不快でしかないと思います』

 あのとき後藤さんにそう、苦言を呈したのは。

「申し遅れましたが私は城下不動産の城下雪成です。福本建設総務部総務課、後藤忠司さんですね?」

 凛と澄んだ声が、耳のすぐそばで聞こえる。

 鼓動が制御できないほどドキドキしてうるさい。

「し、城下不動産の……!?」

 城下さんの正体と事の重大さに気づいたのか、後藤さんは悲鳴さながらの声を上げる。

「この方は私の大切なフィアンセです。金輪際、例え方便でも“本命の彼女”だなんて言わないでいただけますか」

 伺う姿勢でありながら言葉には剣があり、その迫力に怯んだ後藤さんは全身からへなへなと脱力した。

 一方の私は、“私の大切なフィアンセ”と紹介されたときに強く抱きしめられたせいか、心臓が飛び出しそうなくらい全身が強く脈打っている。

「やっぱり、本命の彼女と結婚するなんて嘘じゃない! 絶対に警察に突き出してやるから!」

 固唾を飲んで一連の成り行きを見守っていた女性が大声で叫ぶ。

 肩を落とす後藤さんは、もうなにも反論などしなかった。
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