策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
2 策略的な再会の裏側 Side雪成
物心ついた頃から、城下財閥の次期後継者として厳しく育てられた俺は、一族の中で唯一優しくしてくれた祖母を慕っていた。
父方の祖母で、祖父とはお見合い結婚だったが夫婦仲が良く、誰からも慕われるおおらかで朗らかな性格。
俺にとっても家族の中で唯一の癒やしの存在だった。
その祖母があるときリウマチを患い、湯治としてよく利用していたのが、都心から高速で二時間弱ほどの田舎町にある水沢温泉郷だ。
特に水沢旅館という温泉宿を気に入り、祖母は年に何度か宿泊していた。
小学生になった俺には父の方針で家庭教師がつけられ、五教科教養のほかに帝王学、複数の外国語と学びの時間が生活のほとんどを占めた。
父に言われるがまま厳しい指導に従う俺を見て、祖母は不憫に思ったのか、あるとき一緒に湯治に連れていきたいと父に掛け合ってくれた。
寝食すら忘れ、何時間も机に向かい勉強に忙殺されていた俺は、祖母の心遣いをうれしく思った。
小学六年生の秋、祖母とともに水沢旅館に宿泊した。
建造物は歴史があり古いけれど、どこも清潔でスタッフはみなプロフェッショナルな宿。
近くには鏡のように澄んだ川が流れていて、景観も空気も都会とはまるで別世界。
素晴らしいロケーションと効能がたしかな滑らかな温泉、豊かな地場産の美味しい料理など、祖母が心酔する理由はすぐにわかった。
しかし都心から同じくらいのアクセスの良さで人気の温泉地はほかにいくらでもあるため、水沢温泉郷はお世辞にも人気の観光地とはいえなかった。
町自体が閑散とし、観光資源も少ないように見受けられる。
けれどもその、人に知られていない秘境とも言える部が祖母にとっては安心でき、特別で理想的な湯治場だったと推察する。
写真が趣味な祖母とともに紅葉を見に山に入った際、迷ったうえに雨が降り帰れずにいたところ、偶然出くわした母娘に声を掛けられた。
母親には土地勘があり、てきぱきと車を呼び俺たちを帰路に導いた。
親しみやすく、話すうちに水沢旅館の娘だということがわかった。
五歳の娘を連れ、実家の旅館に帰省していたのだという。
その娘は出会ってからすぐにかわいらしい笑顔で俺たちになついた。
自分の傘を惜しげもなく祖母に差し出す天真爛漫な娘を見て、雨で冷えた俺の心は和んでいった。
祖母を気安く“おばあちゃん”と呼び、水沢旅館に戻ってからもよく笑い、おしゃべりでかわいらしい。
笑うだけではなくて、ときに怒ったり泣いたり、感情の赴くまま自由だった。
そんな自然体の彼女に、祖母はよく母親に許可を取ってからカメラを向けていた。
俺も心を許す相手には自分の心に素直に接していいんだと、恥ずかしながら教えられた気分になる。
中学生になってからも、祖母とともに何度か水沢旅館を訪れた。
ちょうど帰省しているあの母娘を見かけると、心からうれしく感じた。
直に接することはなかったが、父に厳しく叱責され落ち込んでいたときなどに娘の笑顔を見ると、気持ちが穏やかになる。
汲々とした毎日の生活の中で、人の温かさや、関わりを大切に思う気持ちを思い起こさせてくれる、貴重な機会だった。
水沢温泉郷に赴いたのは秋から冬休みにかけてのたった数回。
けれども大好きな祖母と過ごした場所ということもあり、俺の人生にとって忘れがたく、とても思い出深い。
父方の祖母で、祖父とはお見合い結婚だったが夫婦仲が良く、誰からも慕われるおおらかで朗らかな性格。
俺にとっても家族の中で唯一の癒やしの存在だった。
その祖母があるときリウマチを患い、湯治としてよく利用していたのが、都心から高速で二時間弱ほどの田舎町にある水沢温泉郷だ。
特に水沢旅館という温泉宿を気に入り、祖母は年に何度か宿泊していた。
小学生になった俺には父の方針で家庭教師がつけられ、五教科教養のほかに帝王学、複数の外国語と学びの時間が生活のほとんどを占めた。
父に言われるがまま厳しい指導に従う俺を見て、祖母は不憫に思ったのか、あるとき一緒に湯治に連れていきたいと父に掛け合ってくれた。
寝食すら忘れ、何時間も机に向かい勉強に忙殺されていた俺は、祖母の心遣いをうれしく思った。
小学六年生の秋、祖母とともに水沢旅館に宿泊した。
建造物は歴史があり古いけれど、どこも清潔でスタッフはみなプロフェッショナルな宿。
近くには鏡のように澄んだ川が流れていて、景観も空気も都会とはまるで別世界。
素晴らしいロケーションと効能がたしかな滑らかな温泉、豊かな地場産の美味しい料理など、祖母が心酔する理由はすぐにわかった。
しかし都心から同じくらいのアクセスの良さで人気の温泉地はほかにいくらでもあるため、水沢温泉郷はお世辞にも人気の観光地とはいえなかった。
町自体が閑散とし、観光資源も少ないように見受けられる。
けれどもその、人に知られていない秘境とも言える部が祖母にとっては安心でき、特別で理想的な湯治場だったと推察する。
写真が趣味な祖母とともに紅葉を見に山に入った際、迷ったうえに雨が降り帰れずにいたところ、偶然出くわした母娘に声を掛けられた。
母親には土地勘があり、てきぱきと車を呼び俺たちを帰路に導いた。
親しみやすく、話すうちに水沢旅館の娘だということがわかった。
五歳の娘を連れ、実家の旅館に帰省していたのだという。
その娘は出会ってからすぐにかわいらしい笑顔で俺たちになついた。
自分の傘を惜しげもなく祖母に差し出す天真爛漫な娘を見て、雨で冷えた俺の心は和んでいった。
祖母を気安く“おばあちゃん”と呼び、水沢旅館に戻ってからもよく笑い、おしゃべりでかわいらしい。
笑うだけではなくて、ときに怒ったり泣いたり、感情の赴くまま自由だった。
そんな自然体の彼女に、祖母はよく母親に許可を取ってからカメラを向けていた。
俺も心を許す相手には自分の心に素直に接していいんだと、恥ずかしながら教えられた気分になる。
中学生になってからも、祖母とともに何度か水沢旅館を訪れた。
ちょうど帰省しているあの母娘を見かけると、心からうれしく感じた。
直に接することはなかったが、父に厳しく叱責され落ち込んでいたときなどに娘の笑顔を見ると、気持ちが穏やかになる。
汲々とした毎日の生活の中で、人の温かさや、関わりを大切に思う気持ちを思い起こさせてくれる、貴重な機会だった。
水沢温泉郷に赴いたのは秋から冬休みにかけてのたった数回。
けれども大好きな祖母と過ごした場所ということもあり、俺の人生にとって忘れがたく、とても思い出深い。