策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
 ここ数年、そろそろ社会的信用を得るためにも身を固めるよう、父から促されていた。

 これまで人並み程度に女性との交流はあったが、本気で結婚を考えられる交際には発展していない。

 父はこれまでにも政略結婚を前提としたお見合いのセッティングを勝手に行ってきた。政界、経済界を牛耳る人物の娘や孫娘たちと。

 仕事に邁進したいと断ってきたが、いつか立場上、お互いの一種のいわゆる利権のため、その中の誰かと婚姻関係を結ぶのだろうと想定していた。

 恋愛結婚に理想を抱くなど許されず、城下財閥の後継者として敷かれたレールを歩むのは決定事項だという思考を刷り込まれていた。

 しかしそんな折り、家族同然だと思っていた年配の男性の使用人に裏切られる。

 祖母ほどではないが、彼は俺が一族や屋敷の中で心を開いていた人物で、幼い頃からともに過ごした温かい思い出がある。

 とても慕っていたのに、彼は城下家の屋敷に保管していた調度品を売り捌いていた。

 息子がギャンブルで借金を背負い、返済のため仕方がなかったと、情状酌量の余地はある。

 けれども仕事で世界各国を飛び周り、年に数回しか会わない父よりも一緒に過ごす時間が長かっただけに、ショックが大きかった。

 何十年と時間を共有し、心を許した相手にこうも簡単に裏切られるのだ。

 家柄のために生涯添い遂げる相手を選ばなければならないとしたら、絶対的に信用のおける人でなければならない。

 そう考えていたとき、不意に思い出したのが水沢旅館の孫娘の存在だった。

 体の弱った祖母を、いつも甲斐甲斐しく世話をして元気づけ、損得などなく周囲の空気を明るくしてくれていた。

 思いやりのあるあの孫娘は一体どんな女性に成長しているのか、甚だ興味深い。

 調査すると、彼女は大手建設会社である福本建設の令嬢だった。

 父である取締役社長の福本孝蔵(こうぞう)氏は、亡き妻の故郷、水沢温泉郷の復興に膨大な投資を行ったが、回収の目処は思わしくないらしい。

 そこで俺は、磐石な再プロジェクトとして水沢温泉郷の再々開発を持ちかけ、政略結婚へとこぎつけようと思い至ったのだった。

 再会した彼女は、想像より遥かに美しかった。

 母親譲りの黒目がちな目もとに懐かしい面影はあるものの、和服の似合う華やかでかわいらしい女性に成長していた。

 祖母がもし生きていたら……。

 きっと彼女に再会できたことを心から喜んでくれるに違いない。

 胸にグッとくるものがあって、平静を保つのに苦労するのは初めてだった。

 これまでどんなに難しい商談や交渉でも冷静に応じてきたし、高揚や緊張で体が震えるなど経験がない。

 正面に姿勢を正して座る彼女のほうも、表情が強張っていた。

 それもそのはず、俺たちは顔合わせの二週間前に出会っている。

 スイートキングズホテル東京で定期視察中、区が主催する婚活パーティー会場の外で男性からしつこく絡まれていたのだ。

 調査書からの写真で彼女の容姿を知っていた俺は、まさか婚活パーティーに参加しているなど思いもしなかったため見かけたときは驚いた。

 一体どういう了見かと狼狽しつつ、彼女に言い寄る男性を牽制した。

 それから顔合わせの日を迎え、ふたりきりになりたかった。

 専用エレベーターで自慢の展望デッキへ向かう際も、彼女は気まずそうに心ここにあらずな面持ち。

 からかうつもりは毛頭ない……と言えば嘘になる。

 彼女の様々な顔つきの変化をもっと見てみたいと、つい欲深くなってしまう。

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