策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
 驚きで硬直する彼女の体をこちらに抱き寄せた。

「あ、あのときのホテルスタッフ……?」

 動揺した声で発した後藤を見下ろした。

「申し遅れましたが私は城下不動産の城下雪成です。福本建設総務部総務課、後藤忠司さんですね?」

「し、城下不動産の……!?」

 先ほどまでと比べ物にならないほど慌てふためく後藤は、次第に色を失ってゆく。

「この方は私の大切なフィアンセです。金輪際、例え方便でも“本命の彼女”だなんて、言わないでいただけますか」

 あくまでも伺う姿勢でありながら、言葉には怒りが宿った。

 これほどまで彼女を守るため突き動かされるのは、祖母との思い出の水沢温泉郷を守り、父から言われている社会的信用を得るためと、それから。

 彼女をほかの男性の好きにはさせたくはなかった。

 その後、後藤は騒ぎを聞き駆けつけた警備員に引き取られた。

 話を聞く限り、結婚詐欺を犯していた後藤には法の裁きが下るだろう。

 金輪際、美雨の前に姿を表すことがないように祈る。

 今後接触するような気配が少しでもあれば、彼女を守るための手段は選ばないつもりだ。

 総務部長への説明も済み、何事かと野次馬をしていた社員たちが残り少ない昼休憩へと去った後。

 俺と美雨は総務部フロアの使用していない会議室へと移動した。

「事情があったのですよね? あの婚活パーティーに参加していたのには」

 俺の質問に、美雨は肩をすくめた。

「……はい。婚活中の親友から、どうしても一緒に参加してほしいと頼まれました」

 美雨は婚活パーティーに参加した経緯を俺に話してくれた。

 後藤の所業もその親友から聞き、今日総務部長に報告するつもりだったらしい。

「すみません、政略結婚の申し出に泥を塗るような行為をしてしまいました」

 美雨は肩を落とし、俺に頭を下げた。

「いえ、問題ありません。お気になさらずに」

 今回の彼女の行為は咎める類のものではない。

「あの、どうして……」

 不安そうに呟いた美雨は、おずおずと俺の顔を見上げた。

 俺が首を傾げると、俯いてキュッと唇を結ぶ。

「水沢温泉郷の再建計画は大変ありがたく魅力的です。御社の潤沢な資金と周到な再建計画のおかけで当社も安泰ですし、個人的に思い出深い母の大切な場所を失わずに済みます」

 瞳を潤ませて息を大きく吸い、美雨は続けた。

「ですが、大変申し上げづらいのですが、水沢温泉郷は元来人気の観光地ではありませんし……」

「それなのになぜ、水沢温泉郷を再建させるのか、というご質問ですか?」

 俺のストレートな言葉に面食らったのか、彼女がハッとして顔を上げる。
< 19 / 63 >

この作品をシェア

pagetop