策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
「は、はいっ」

 美雨は力強く頷いた。

「実は、俺もあなたと同じくらい、水沢温泉郷に思い入れがあるのです」

 俺は美雨にかねてより見知っていた経緯を明かした。

 美雨は幼い頃に山で宿泊客と遭遇した件は覚えていたが、あのとき祖母と一緒にいたのが俺だとは気づいていなかった。

 彼女はまだ五歳だったし、それに祖母は水沢旅館に本名で宿泊していたとは思うが、自身の素性を明かしはしなかっただろう。

 だからまさか実母の実家の旅館で時折見かけた少年から、政略結婚を持ちかけられるとは思いもしないはずだ。

「すみませんでした! 私、覚えていなくて」

「無理もない。きみはまだ幼かったし、祖母はわざわざ城下財閥の関係者だと名乗ったりはしなかっただろう」

「はい。お名前まではわかりませんでしたが、よく泊まりに来てくれる優しいおばあちゃんという認識でした」

 お互いに、祖母を思い返す切ない間が少しだけあって、しんみりとした空気が流れる。

「あの、お祖母様は……」

「亡くなったよ。五年前に病気で」

「そう、だったのですね」

 美雨は感傷的に囁いて俯いた。

 祖母にまた会いたいと願ってくれたのだとしたらありがたい。

 叶わなくて残念だけれど、祖母を思ってくれる人がいてくれて、温かい気持ちになる。

「きみが大切にしているものは、俺にとっても同じなんだ」

 彼女に手を差し伸べる。

「もう一度聞く。俺と結婚してくれないか」

 大きな目を瞬かせて俺の手を凝視した美雨は、ゆっくりと目線を上げてゆく。

「一緒に大切な場所を守ろう」

 曇りなき眼で、真っ直ぐにこちらを見つめる顔立ちが、幼き日の彼女の面影と重なる。

「……はい。よろしくお願いします」

 美雨は差し出した俺の手を握り返した。

 その温かさと、握る強さに込められた彼女の意思に、俺は自然と背筋を伸ばした。
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