策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
3 キスと戸惑いの新婚生活
ずっと疑問だった。
なぜ政略結婚を持ちかけてきたのか。
「実は、俺もあなたと同じくらい、水沢温泉郷に思い入れがあるのです」
城下さんが打ち明けてくれた経緯は寝耳に水だった。
きっと父も知らないだろう。
幼い頃はずっと仕事ばかりで、私と母が水沢旅館に帰省することにまったく関知していなかったから。
紅葉が美しい山で、年配の女性とそのお孫さんと見られる少年が、なにやら困っていた状況は覚えている。
山の天気は変わりやすく、突然雨が降り寒かった。
ふたりが水沢旅館の宿泊客とわかり、一緒に水沢旅館に戻った。
母がふたりの体調を気にかけ、温かいスープを部屋に届けた。
年配の女性は和装が素敵で、とても穏やかでやわらかい印象だった。
花や草木に詳しかったので、会うとよく一緒に水沢旅館の庭を散歩したり、花の絵を描いたりした。
小学生になってからは、冬休みに数回会った。
撮った写真を見せてもらいながら、おやつを食べて楽しくお喋りをした。
お孫さんとみられる少年にはあまり出会わなかったけれど、初対面の山での印象が強く残っている。
自分だってきっと寒いのに年配の女性に上着を貸し、カメラが濡れないように大切そうに胸に抱いていた。
あの少年とまさか、二十年以上経って再会するだなんて。
しかも、こんな形で。
「すみませんでした! 私、覚えていなくて」
「無理もない。きみはまだ幼かったし、祖母の素性も知らなかっただろ?」
「はい、お名前まではわかりませんでした。よく泊まりに来てくれる優しいおばあちゃんという認識で」
それでも私にとっては大切な思い出の日々だ。
もっと親しくなりたかった。もっと一緒に過ごしたかったな。
でも子どもだったから浅はかで、きっとまた次の帰省のときに会える。時間は無限だと、無邪気に信じていたんだ。
「あの、お祖母様は……」
「亡くなったよ。五年前に病気で」
「そうだったのですね」
胸の奥がギュッと押し潰されたかのように苦しくなる。
城下さんと話していると、一緒に過ごしたかけがえのない記憶が蘇ってきた。
客室の雪見窓の外では、南天の赤い実に綿のような雪が積もっている景色が見えたっけ。
外は寒そうだけれど、部屋の中は笑い声で溢れて温かい。
夕飯の時間までお祖母様や母とお喋りしながら、美味しいお茶を飲んで。
写真を見て、楽しく過ごしたのがまるで昨日のことのよう……。
「きみが大切にしているものは、俺にとっても同じなんだ」
城下さんは言いながら、私に手を差し伸べた。
「もう一度聞く。俺と結婚してくれないか」
瞬きをして彼の手もとから順番に、ゆっくりと目線を上げてゆく。
「一緒に大切な場所を守ろう」
城下さんの誠意と真っ直ぐな眼差しに胸を打たれた。
幼き日の陽だまりのような記憶が胸いっぱいに広がって、せつなくて愛おしい気持ちになる。
「……はい。よろしくお願いします」
躊躇いがちに伸ばして手を握り返すと、彼は僅かに眉尻を下げフッと優しく笑った。
なぜ政略結婚を持ちかけてきたのか。
「実は、俺もあなたと同じくらい、水沢温泉郷に思い入れがあるのです」
城下さんが打ち明けてくれた経緯は寝耳に水だった。
きっと父も知らないだろう。
幼い頃はずっと仕事ばかりで、私と母が水沢旅館に帰省することにまったく関知していなかったから。
紅葉が美しい山で、年配の女性とそのお孫さんと見られる少年が、なにやら困っていた状況は覚えている。
山の天気は変わりやすく、突然雨が降り寒かった。
ふたりが水沢旅館の宿泊客とわかり、一緒に水沢旅館に戻った。
母がふたりの体調を気にかけ、温かいスープを部屋に届けた。
年配の女性は和装が素敵で、とても穏やかでやわらかい印象だった。
花や草木に詳しかったので、会うとよく一緒に水沢旅館の庭を散歩したり、花の絵を描いたりした。
小学生になってからは、冬休みに数回会った。
撮った写真を見せてもらいながら、おやつを食べて楽しくお喋りをした。
お孫さんとみられる少年にはあまり出会わなかったけれど、初対面の山での印象が強く残っている。
自分だってきっと寒いのに年配の女性に上着を貸し、カメラが濡れないように大切そうに胸に抱いていた。
あの少年とまさか、二十年以上経って再会するだなんて。
しかも、こんな形で。
「すみませんでした! 私、覚えていなくて」
「無理もない。きみはまだ幼かったし、祖母の素性も知らなかっただろ?」
「はい、お名前まではわかりませんでした。よく泊まりに来てくれる優しいおばあちゃんという認識で」
それでも私にとっては大切な思い出の日々だ。
もっと親しくなりたかった。もっと一緒に過ごしたかったな。
でも子どもだったから浅はかで、きっとまた次の帰省のときに会える。時間は無限だと、無邪気に信じていたんだ。
「あの、お祖母様は……」
「亡くなったよ。五年前に病気で」
「そうだったのですね」
胸の奥がギュッと押し潰されたかのように苦しくなる。
城下さんと話していると、一緒に過ごしたかけがえのない記憶が蘇ってきた。
客室の雪見窓の外では、南天の赤い実に綿のような雪が積もっている景色が見えたっけ。
外は寒そうだけれど、部屋の中は笑い声で溢れて温かい。
夕飯の時間までお祖母様や母とお喋りしながら、美味しいお茶を飲んで。
写真を見て、楽しく過ごしたのがまるで昨日のことのよう……。
「きみが大切にしているものは、俺にとっても同じなんだ」
城下さんは言いながら、私に手を差し伸べた。
「もう一度聞く。俺と結婚してくれないか」
瞬きをして彼の手もとから順番に、ゆっくりと目線を上げてゆく。
「一緒に大切な場所を守ろう」
城下さんの誠意と真っ直ぐな眼差しに胸を打たれた。
幼き日の陽だまりのような記憶が胸いっぱいに広がって、せつなくて愛おしい気持ちになる。
「……はい。よろしくお願いします」
躊躇いがちに伸ばして手を握り返すと、彼は僅かに眉尻を下げフッと優しく笑った。