策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
 その直後、サァーッと空気が冷たくなった。突然の夕立。

 雨に濡れながら、雪成さんに手を引かれて急いでホテルに戻る。

 エレベーターの中でも私と手を繋いだまま、雪成さんは髪の毛から額に滴る水を手で拭った。

 真横から見上げれば、そんなナチュラルな仕草も、顎の美しいラインも。すべてが別格でこの世のものとは思えないほど美しい。

 チラチラと見つめているのがバレないように注意しながら、最上階のスイートルームに戻ってきた。

「悪いな、せっかく初めての旅行なのに。ゆっくり過ごす時間も取れなくて」

 早々に雪成さんから謝罪された。

 洗面所にタオルを取りに行き、戻った私は笑顔で首を左右に振る。

 私との時間を大切にしてくれているだけで、際限なくうれしい。

「お忙しいのは重々承知してますから、お気になさらないでください。雪成さんと一緒でしたら、どんな旅行でも楽しいです」

 言い終わり、正面に立つ雪成さんを見つめる。

 差し出したタオルをなかなか受け取ってくれないので、寒くないか心配になった私は爪先立ちで雨の雫が滴る雪成さんの髪の毛を勝手に拭った。

 すると、彼の頬がやや紅潮していることに気づいた。

「あの、体調が悪いですか?」

「え?」

「お顔が赤いので」

 雪成さんはうつむくと、頬に手をやる。

「まあ、ちょっと熱いかな」

 これまでの激務が募り、そのうえ雨で体が冷えたのではないだろうか。

 さらに手を伸ばし、雪成さんの額に触れた。

「熱はありませんか?」

 だとしたら、明日の大事なパーティーに差し支えてしまうのではと心配した矢先。

「ああ、ないよ」

 鷹揚な口調と緩慢な動きで、包容力のある笑みをたたえた雪成さんが両手を広げて私を包み込んだ。

 一瞬なにが起きているのか理解できず、思考停止で頭の中は真っ白。

「あの、体調に問題がないのでしたら、離して……」

「きみに触れたかったんだ。騙すようで申し訳ない」

 悪びれもせずそう答え、雪成さんは素直にパッと手を離す。

「では、体調は大丈夫なんですね。安心しました」

 私は心底ホッとして、肩から力が抜けるのを感じた。
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