策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
「安心、って」

 対面する雪成さんから、ほとんど吐息のような声が漏れる。

「雪成さんがお辛い思いをしてないのなら良かったです。体調を崩して明日の大事なパーティーに差し支えてはいけないですから」

「きみって人は……」

 眉根を寄せ、雪成さんは厳しい目で私を射抜いた。

「騙されやすい、ってよく他人から言われないか?」

「いえ」

 即答すると、雪成さんは文字通り頭を抱える。

「でも、雪成さんになら騙されてもいいですよ? 信頼してますから」

 言うが早いか、端正な表情を崩さない雪成さんにギュッと全身を強く囲い込まれ、逃れられない。

「雪成さん?」

「こうさせてるのは美雨だよ」

 苦しくて声を上げた私の耳のすぐそばで、低い声が甘く響く。

 私がさせてるって、どういう意味だろう。また、からかっているのかな。

 雪成さんには特別な意味などないのかもしれないけれど、私はいちいち過剰に反応してしまう。

「雪成さんはいつもそうやってからかいますけど、私はどうしていいかわかりません……」

 嫌な気持ちはしない。

 むしろ距離が近づいた気がして、新たな一面を知れて、うれしくて舞い上がる。

 うつむいて唇を噛む私を、雪成さんが覗き込んだ。

「かわいい」

 今悩んでる思いを素直に打ち明けたのだけれど……。

 雪成さんは蜂蜜を溶かしたような声色でささやき、惜しげもなく甘い笑顔を私に向ける。

「ほら、またそうやって」

 当惑した私が顔をそむけ、体を捻って離れようとすると、腕をギュッと掴まれた。

「からかってないよ、これまで一度も」

 透き通るほど澄んだ瞳で見つめられ、瞬きを忘れる。

「きみに本気だ」

 凛とした声が耳に届き、信じられなくて心臓が早鐘を打った。

「スタッフから聞いたよ。今日ホテルで、きみが迷子を助けてくれたって」

 雪成さんの言葉に、私は今日の出来事を回想する。

 そして静かに首を左右に振った。

「助けただなんて、大げさです。たまたま私が近くにいて、言葉が通じるからあの男の子も安心してくれただけですよ」

「その後も、美雨がずっと寄り添ってあげてたって聞いたよ」

 雪成さんは穏やかに言い、包容力のある優しい眼差しを私に向ける。

「メモ帳で折り紙をしたり、優しくお喋りしたりして、母親が来るまでそばにいてくれたんだろ? 感謝する」

「いえいえ、そんな。全然たいしたことではないですから」

< 35 / 63 >

この作品をシェア

pagetop