策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
 感謝されるまでのことをしたとは思えない。

 けれども、このホテルがいかにお客様を大切にされているかがわかって、なんだか温かい気持ちになる。

 自然と頬が緩んだ。

「水沢温泉郷で、きみに初めて出会った日を思い出したよ」

 言いながら、雪成さんも表情をやわらかくする。

 私は五歳だったからぼんやりとしか覚えていない。

 紅葉を見に山に入った雪成さんとお祖母様が帰れなくなっていたところ、山菜を取りに行っていた私と母が遭遇していたんだっけ。

 そう、雨が降っていた。今日のように。

「きみにもう一度出会えたことに心から感謝するよ」

 真摯に見つめられ、胸がときめく。

「私もです」

 逡巡するいとまもなく答えると、雪成さんは真剣な面立ちになった。

「さっきの質問の答えが聞きたい」

 さっきの……?と、頭の中を疑問符でいっぱいにしたのもつかの間。

「俺以外の誰も見ていなければ、きみに触れてもいいのか?」

 尋ねられ、ハッとした。

 さっきビーチで、たしかにそんなふうに言った……かもしれない。深く考えずに。

「体が熱いのは本当なんだ。風邪ではないが……」

 そこで言葉を切り、雪成さんは目の力を強める。

「熱じゃなくて、きみの色香にあてられてる」

 スッと片手を伸ばすと、迷い無く一心に私の頬に触れた。

 たぶん彼の策略に、私はどっぷりハマッている。

 チュッと最初は軽く触れる程度のキスは、次第に深く口内を侵食し合う息継ぎが苦しいものに変化する。

「んっ……」

 それを唇が腫れるのではと心配するほど顔の角度を変えて何度も繰り返し、いともたやすく抱き上げられて寝室に移動した。

 とても優しいけど、その切迫した様子がこれまでになく理性が効かないくらい心が急いでいると感じて、胸がキュッと詰まった。

 胸や首への愛撫と同時に衣服を脱がされる。

「美雨」

 初めての快楽に恍惚とする私を、雪成さんがこちらの世界へ呼び戻す。

「気持ちいい?」

「わ、わからな……」

「じゃあ、もっとしてみないと」

「あっ、ん」

 恥ずかしくて自分のものじゃないみたいな嬌声に、驚いたのは最初だけ。
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