策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
 夏の暑い日。痙攣を起こして倒れ、打ちどころが悪かった。

 まさかあのまま、もう二度と会えないとは誰も思ってもみなかっただろう。もちろん私も……。

 だからさっき目の前で倒れた給仕係の女性が、重篤な症状ではないと医務室で診断されてからも、母の姿と重なって心配だった。

 バンケットルームと同じ階にあるスタッフの特別な控え室に付きそう。

 大規模なパーティーだったためすぐに待機していたドクターに診てもらうことができて、本当に良かった。

 彼女の体調に負担をかけない程度に少し話ができた。

 安心したとき、彼女の家族が駆けつけたので、私は挨拶をして入れ違いで控え室を後にする。

 大事には至らなくて本当に良かった。

 心からそう思い、ホッと息を吐いて控え室を出た矢先。

「雪成は、本当にそれでいいの? 不満はない?」

 隣の控え室から扉越しに女性の声が聞こえた。マリカさんの声だ、と直感する。

「不満もなにも。もう決まったことだから、仕方ないだろう」

 雪成さんの冷静な声が続く。私は直立不動になる。

 私が給仕係の女性に付き添っている間に、ふたりはバンケットルームから隣の控え室に移動して過ごしていたようだ。

 こんなふうに聞き耳なんて立てるべきではないと、頭ではわかっている。

 でも、ふたりの会話が気になって足が動かない。

 もう決まった仕方のないことって……ひょっとして私との政略結婚だろうか。

 気持ちが落ち込み沈んでいるからか、思考が暗い方へ傾く。

 鮮明な会話が聞こえなくなったので、立ち去ろうと足に力を入れたとき。

「ああ、すごくきれいだよ。誰にも見せたくない」

 私は耳を疑った。

『ほかの人に、見せたくないな』

 今日私に言ってくれたような言葉を、マリカさんにも言うなんて。

「やだ、どうしたの?」

 笑いを帯びたマリカさんの声に胸が痛くなる。

「あなたがそんな嫉妬深そうなこと言うなんて、なんだか信じられない」

 驚くと同時に楽しげな彼女の物言いに、ドクンと心臓が痛み、手で抑えた。
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