策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
 そう決意して、口を開いた直後。

「俺ずっと前から福本さんのこと、かわいいと思ってたんだよね」

 後藤さんは私の耳もとで囁くと、ニヤリと口角をつり上げた。

 嫌悪感を抱いて総毛立つ。

 すると、会話が盛り上がっていた由衣が奇跡的にこちらを見たので、私は急いでジェスチャーで出入り口を指差した。

「すみません、ちょっと失礼します!」

 駆け足でバンケットルームを後にする。

「福本さん、待って!」

 背後から追いかけてきた後藤さんにパシッと手首を捕まれ、つんのめりになって足を止める。

 今度は嫌悪ではなく、恐怖を感じた。

「まさか大企業のご令嬢が、婚活パーティーで男を漁ってたなんて噂、立てられたくないよね?」

 脅しとも取れる言葉に、私は顔をしかめて閉口する。

「少しだけきみと話したいだけなんだ。だからねぇ、逃げないでよ」

「は、離してくださいっ」

 手首を掴む後藤さんの握力が強くなり、力を込めて振りほどこうとしたときだった。

「どうかされましたか? お客様」

 必死すぎて周囲が目に入っていなかった私は、突然現れた人物に目を見張る。

「なにか問題でもございましたか?」

 耳によく馴染む低く落ち着いた声で言ったのは、黒いスーツ姿の男性だった。

 若くて背は高く、出で立ちも漂うオーラも驚くほど麗しく洗練された雰囲気。

 サラサラの黒髪はナチュラルなセンターパートでセットされ、細身の高級そうな仕立てのスーツはスタイルの良さが際立っている。

 私たちを“お客様”と呼んだけれど、受付にいたイベント会社のスタッフではない。

 てことは、このホテルのスタッフ……?

「も、問題なんてありませんよ。ただ彼女と話していただけで」

 後藤さんが焦りを滲ませた口調で答える。

「お客様、まずはその手を離していただけますか?」

 ホテルのスタッフと思わしき男性が、ギロリと睨むように私の手首に目線をやった。
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