策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
「はぁ? 俺は自分の彼女と話していただけだって言ってるだろ! 指図するなよ」

 後藤さんは鼻息を荒くして、乱暴に吐き捨てる。 

「自分の、彼女……?」

 心の中で呟いた言葉と、ホテルスタッフと思わしき男性との声が重なった。

「力任せに掴まれては、ただ不快でしかないと思います」

 優しい声色で諭すように言い、後藤さんの手を私の手首から引き剥がす。

「な、なんだおまえ! 勝手なことするなよ!」

 後藤さんは取り乱し、険しい顔つきで金切り声を上げた。

 けれどもそんな相手に一切表情を変えることなく、ホテルスタッフと思わしき男性が私と後藤さんとの間に立ちはだかる。

 まるで、私を守るように。

「こちらの方は、困惑しているようにお見受けします。暴力沙汰は警察に通報させていただきます」

 こんな修羅場みたいな状況でも落ち着いた声色で言い、一瞬私の方を見た。

 怯まない態度に驚くと同時に、尊敬の念を抱いた。

 冷静に状況を見極める姿勢には、ホテルスタッフとしての素晴らしい適正と矜持を感じる。

「ぼ、暴力? 彼女は同僚で、たまたま会ったから声をかけて引き止めただけだ」

 先程とは違う言い訳の後、ハッと乾いた笑い声を上げた後藤さんが一歩後退する。

「むしろ、会社の先輩を無視するほうが悪いだろ!」

 最後に捨て台詞を吐き残し、後藤さんはまるで逃げるように立ち去った。

 エレベーターホールの方へ姿を消し、視界に入らなくなってようやく体の力が抜けた。

「大丈夫ですか?」

 へなへなと脱力し、大きく息を吐いた私に、ホテルスタッフと思わしき男性が声をかける。

「はい、ありがとうございました……」

 震える声でつぶやき、精一杯の感謝を込めて私は頭を下げた。
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