策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
 言い終えた雪成さんは、ひとり納得する私を再び強く抱きしめた。

「俺の前からいなくならないでくれ。お願いだから」

 追い詰められたような困窮した声が、胸に響いて苦しい。

 普段の堂々としていて、余裕のある姿からは今の彼が想像もつかないせいか、こみ上げるものがあった。

「ごめんなさい……」

 これほど心配をかけるなんて本当に申し訳ない。

 そう思ったらまた涙が出てきて、声が震えた。

 雪成さんは目を細め、首に角度をつけると私の頬に手のひらをあてる。

 もう片方の手で腰をギュッと抱き寄せたまま、至近距離で見つめられた。

 曇りなく一心に私に注がれる雪成さんの眼差しが、焦がれるほどいとおしい。

 どちらともなく寄せ合う唇が重なった。

 吸い寄せられる感覚に陶酔する。

「んっ、ふ……」

 雪成さんの首に手を回し、酸欠になりそうなので息継ぎをする。

 私たちは愛を確かめるかのように、何度も何度も繰り返した。

 苦しいのに求めずにはいられなかった。

 唇が腫れるほどキスをして、さらに名残惜しくチュッと音を立てて啄む。

「さあ、帰ろう」

 雪成さんが自分の額をコツンと私の額にあてた。

 赤面する私の顔を見て、ニッとはにかむ。

 そして私のキャリーバッグを持つ雪成さんの後を追い、部屋を出た。

 エレベーターでフロントに降りると、支配人やスタッフたちに仰々しく迎えられた。

 来たときは普通だったのに……。

 一体何事かと困惑してしまう。

 雪成さんは支配人の前に立つと、半歩ほど背後に立つ私の肩を抱き寄せた。

「妻が世話になったね。感謝するよ」

 一礼し、並んで立つスタッフたちひとりひとりにも目を配る。

「そんな、滅相もございません!」

 支配人が恐縮し、一段と深く頭を下げた。スタッフたちも慌てて倣う。

 その光景をすぐには理解できず、呆然としている私に、雪成さんが耳打ちをする。

「このビジネスホテルもうちの会社の系列だよ」

「えっ、そ、そうなんですか?」

 名前が違うから気づかなかったけど、それならば支配人やスタッフの方の対応には合点がいく。

 お忙しいのに時間を取らせ、お騒がせしてしまってスタイルの方々には申し訳ない気持ちになった。

「本当に、どうもありがとうございました」

 私もお礼を伝えると、ビジネスホテルを後にした。

 支配人とスタッフたちに見送られて、雪成さんに手を引かれる。

 駐車場に停められた雪成さんの愛車に乗り込み、マンションに帰宅した。

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