策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
「ごめんなさい!」

 リビングに入るなり、私は雪成さんに大ぶりで頭を下げた。

「実は、ハワイ島のホテルの控室で、おふたりの会話を聞いてしまって」

 私は雪成さんとマリカさんの会話を説明した。

 すると雪成さんは渋面を作った。

「たしかに、そこだけ聞くとややこしいな」

 頭を掻き、苦笑する。

「そのときのマリカとの会話の内容を、説明させてもらえるか?」

 雪成さんに問われ、私はふたつ返事でうなずいた。

「それじゃあ、まずはコーヒーを淹れよう」

 キッチンのコーヒーメーカーをセットして、熱いコーヒーを淹れる。

 部屋中に香ばしい匂いが充満してきて、コーヒーカップを持ちソファーに並んで座った。

「マリカと話していたのは、城下家で古くから働いていた使用人のことなんだ」

 コーヒーを一口だけ啜ると、雪成さんはカップをテーブルに置いた。

 ソファーの背もたれに背中を預けるリラックスした体勢だけれど、顔つきは真剣だった。

「彼には、俺もマリカも子どもの頃からなついていて世話になったが、裏切られたんだ」

「え……」

 両手に持っていた湯気が立つカップを、私もテーブルの上に置いた。

 雪成さんの説明によると、その悲しい話の顛末はこうだった。

 多忙なお父様に代わり、まるで父親のように生まれたときから親しんでいた使用人の男性が、城下家の備品を窃取し転売していたという。

 家族ぐるみで付き合いのあるマリカさんも、幼い頃からその使用人を知っていたそうだ。

 城下家を訪れるたびに遊んでくれるので、子どもたちから大人気だったらしい。

 さまざまな遊びで雪成さんやマリカさんを楽しませ、雪成さんを本当のわが子のように心配し温かい態度で接してくれる。

 子どもたちだけではなく、親からも信用を得ていた彼がなぜそのような行為に手を染めたのかというと、それもまた彼自身の実の子どものためだった。

 息子がギャンブルで借金を背負い、法外な金利の金融機関にまで手を出し、首が回らなくなったどころかいよいよ命の危険まで察したらしい。

 城下家で調度品などが紛失する事件が多発して、内部の犯行と思われたため雪成さんが独自に防犯カメラを設置したそうだ。

 信頼している使用人を疑うのは心苦しかったが、そこに犯行に及ぶ男性が映っていたという。
 防犯カメラの存在に気づいていなかった男性は、証拠を撮られ犯行を認めた。

 その後、雪成さんのお父様は容赦なく彼を解雇した。

 いくら子どもが世話になったとはいえ、立派な犯罪である。

 ハワイ島のホテルでマリカさんはその内情を理解しつつも、雪成さんに不満はないのかと問いただしていたそうだ。
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