策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
「彼のことは父が内々に援助している。息子は依存症を治療するプログラムに参加していて、彼のほうも罪を償い新たな人生を再出発できるようフォローしていくつもりだよ」

「そうだったのですね」 

 初めて聞く話に、驚いてばかりだ。

「けれど、あまり温情をかけてはほかの従業員に示しがつかないから、加減が難しいところだ」

 雪成さんは眉根を寄せ、小さく笑った。

 きっと幼い頃から心を許し慕っていたからこそ、裏切られてショックなのだろうと察する。

 だからこの件を話すのは辛かったかもしれない。

 でも私の誤解を解くために、こうして丁寧に説明してくれた。

「ありがとうございます。話してくださって」

「いや、いいんだ。不安にして悪かった」

 申し訳なくてうつむく私の肩を、雪成さんが抱き寄せた。

 ホッとするぬくもりに、まるで全身が包まれ守られていると錯覚する。

 雪成さんが今、隣にいてくれてうれしい……。

 強くて優しいヒーローみたいな雪成さんと結婚できて、改めて幸せを感じ、胸がいっぱいになった。

「……実は、先週病院に行ったんです。妊娠二ヶ月でした」

 雪成さんの手をギュッと握る。

 長い指は滑らかできれいだけど、節は骨っぽく男らしいこの手が大好きだ。

「お話するのが遅くなってしまって、すみませんでした」

 チラリと見上げると、彼は眉を下降させてなにかを堪えるような、一方で安堵したような形容しがたい表情を見せた。

「そうかなと思ってはいたが……。改めて聞かされると、うれしくて。その気持ちをどう表現していいかわからないくらい、舞い上がってる」

 私の手をさらに強く握り返してそう話し、雪成さんは頬を緩める。

「俺にとってきみは、誰よりも、なによりも大切な存在だ。だからこれからも、ずっとそばにいてくれ」

 雪成さんの言葉がうれしくて、胸がときめく。
 じんわりと温かい感情が体中に広がって、視界が潤んだ。

「はい! 喜んで」

 満面の笑顔で答えた直後、雪成さんは体勢を変えた。

 揺るぎない双眸に射抜かれ、ソファーの上に組み敷かれる。

 鼻先がぶつかりそうな近さで私は目を丸くした。

「……ダメだよな、わかってる」

 雪成さんは低くつぶやくと、顔を背けた。本能を律するような、一方で拗ねたような珍しい口ぶり。

 密着する相手の体から、彼がなにを自重しているのか存分に伝わって、ボッと発火するほど顔が熱くなった。

「キスはいいだろ?」

 聞いておきながら唇はもう触れる寸前。

「あっ、あんまり深いのはダメです……」

 とっさに身をよじり、手のひらで雪成さんの唇を塞ぐ。

「どうして?」

 とてつもなく不本意そうな声が、くぐもって耳に届いた。

 どうして、って……。

 だってお腹の奥が疼くから。

 キスだけでは物足りなくて、もっとほしくなってしまうから。

 恥ずかしくて正直に告げられずただ口をつぐむ私を見て、静止した雪成さんは声を押し殺してクッと笑った。

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