策士な財閥ホテル王は政略妻との初恋を実らせる
 けれども、いくらネットで城下さんの情報を検索しても、シルエットやうしろ姿、運が良ければ横顔が拝めるだけだった。

 特集を組まれている経済誌にさえ、顔写真ははっきりとは載っておらず、ただ“世界的大富豪にして世紀のイケメン”との記述のみ。

 どんな風貌なのか、今日までわからなかったのだ。

「最上階からの展望が素晴らしいので、ご一緒にいかがですか」

 こんな状況でなければ、目が離せなくなるだろうなと容易く想像できるハンサムな笑顔で、城下さんは首を傾げる。

「は、はい。ありがとうございます」

 エレベーターに乗り込み、私は心ばかり微笑んだ。

 上昇する箱の中で気圧の変化に耐えながら思った。

 もしかしたら城下さんは、あの婚活パーティーで助けた女性が私だと気づいていないのかもしれない。

 そう考えたら心が落ち着いてくる。

 あのときはワンピースだったけれど、今日は和装だ。

 ヘアスタイルもそれに合わせ、天然のふんわりモカブラウンの髪を綺麗にまとめている。

 振り袖は母が昔着ていた薄桃色の友禅染め。

 母の実家は都心から新幹線と電車で二時間ほどの、緑豊かで渓流も美しい温泉地、水沢温泉郷だ。

 祖父母は水沢旅館という宿を営んでいて、幼い頃から学校の長期休みになると母とふたりで帰省していた。

 母が突然の病で亡くなったとき、なかなか受け入れられなくて、私は安易に父を責めた。

 仕事一辺倒で私たちを蔑ろにしていたから、母の身体の小さな変化や病気の予兆を見逃すのだ、と。

 それは本当に今思えばほとんど八つ当たりであったのだけれど、父は真に受け一時期大層憔悴してしまった。

 だけど、母の納骨から三ヶ月ほど経った頃。

 父の顔つきはそれまでの生気のないものとはまるで変わっていて、『衰退の一途をたどる水沢温泉郷を建て直す』と、語気を強めて宣言した。
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