優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
 窓の外では、夕方から降り始めた雨が夜の帳と共に激しさを増していた。ガラスを叩く大粒の雨音は、遮音性の高いこのビルの中にいても不穏な音を響かせ続けている。

 結局、あの後もいくつか管轄外の仕事を振られてしまい、気づけば20時。いつもよりは早いが、それでも定時退社の夢は儚く散っていた。

(はぁ…これからどんどん強くなるらしいし、さっさと帰ろう)

 普段ならまだ残業している同僚も多い時間だが、豪雨の影響を懸念して皆早々に帰宅したらしい。賢明な判断だと思う。現に、広々としたフロアには数人残っている程度だった。パソコンのシャットダウン処理を確認した後、デスクの片付けをして鞄を持つ。

「お先に失礼します」
「はーい、お疲れ様~」

 残っている人に挨拶をしてから、オフィスを出る。エレベーターに乗るも、途中で乗り込んでくる人はいなかった。

(そういえば、一ノ瀬君に会わないまま帰るのは久々かも)
 
 ふと、そんなことを思う。
 気づけば残業の毎日には、一ノ瀬君がいてくれることが当たり前になっていた。何度も「早く帰れ」と言われるものの、不思議と嫌な気持ちにならない。さらには、時々彼がくれる差し入れに抵抗がなくなったのはいつからか。
 
 そんな、傍に居てくれることに違和感を感じなくなった彼に先に帰ったことを連絡しようかと思ったが、

(いやいや、なんで帰るだけで連絡しないといけないのよ。…っていうか、そもそも連絡先知らないじゃない)

 我に返って頭を振る。生活を毒されるのがあまりにも早すぎる。そんな自分のチョロさに呆れつつ、到着を知らせる音と共にエレベーターを降りた。
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