優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
 (そう、もう1年経ったのね)

 彼は以前よりも少し背が伸び、肩幅も逞しくなっていた。上質なネイビーのジャケットを羽織り、1年前の幼さは完全に消えている。

「またこんな不健康なもの食べて…」

 彼は私のデスクの前まで歩いてくると、私の食べているカップ麺を一瞥した。そして、わずかに口角を上げる。

「相変わらず、自分のメンテナンスには無頓着なんですね。そんな食生活してるから、眉間にシワが寄るんですよ」
「放っておいて。……それより、どうしてここに? あなた、今は大型プロジェクトに携わっているはずでしょう?」

 私はさりげなくモニターをロック画面に切り替える。その隙に、彼はデスクに片手をついて顔を近づけてきた。

「挨拶に来たんですよ。明日からの始動する新プロジェクトのリーダーが先輩で、サブが僕だっていう話を聞いたんで」
「……えっ?」

 喉の奥が引き攣る。
 
 明日から始まる、社運を賭けたプロジェクト。その話は聞かされていたし、今残業しているのだってその準備のためだ。しかし、サブは決まっていないと聞かされていた。その相棒が、よりによって私が1番苦手とするこの後輩だというの?

「嫌そうな顔。……予想通りです」

 一ノ瀬くんはフッと目を細めると、急に声のトーンを落とした。その瞳の奥にさっきまでの冷徹さとは違う、ドロリとした熱いものが宿る。それに覚えがなく思わず椅子に座ったまま身を引くも、容赦なく距離を縮められる。

「先輩が僕のことを嫌っていたのは知っています。でも、これは大切な仕事です。私情を挟むのはナシにしましょうよ」
「な……っ」

 口をハクハクさせていると、彼はまた胡散臭そうな笑みを浮かべてパッと離れた。

「じゃ、明日。遅刻しないでくださいね、白石先輩」

 彼はそれだけ言うと、颯爽と背を向けて去っていった。静まり返ったオフィスに、私の心臓の音だけが警報のように鳴り響いていた。

 29歳になったばかりの夜。
 私の平穏な日常は、最悪の再会と共に音を立てて崩れ始めた。
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