優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
 ガチャン、とシンクの縁に彼の手が置かれ、私は彼の腕と壁の間に閉じ込められてしまう。

「……何」
「逃げないでください。話はまだ終わっていません」

 彼はゆっくりと体を私の方へ傾けてきた。敬語のままなのに、ピリつく低い声と圧迫感。怒っていることは明らかだった。
 何で私なんかに興味を持つのだろう。その疑問は徐々に膨れ上がり、次第に怒りへと変わっていった。

「先輩の行動はいつも見ていて不快なんです」
「は…?」
「自分の身体を壊すような徹夜や無茶。誰もそこまでのものは求めていません」

 何を言っているのだろう。
 私の努力が、無駄だとでも…?

「……喧嘩売ってるの?いい加減にしなさいよ。私みたいな凡人は、誰にも期待していないって言いたいわけ?」
「そうじゃないです。ただ、無理をして欲しくないだけです」

 彼の目は真剣そのもの。そこに侮辱の色は混ざっていなかった。
 卑屈すぎたと反省しつつ、彼を見上げる。

「…無理してないわよ」

 私の苦し紛れの言葉に、彼は呆れたように溜息をついた。そして、

「……分かりました。先輩が自己管理できないなら、僕が管理します」
「は、え、どういうこと?」
「まあ、それはこれからのお楽しみということで。嫌なら精一杯足掻いてくださいね、先輩」

 彼はそう言うと、満足げに微笑んで離れた。敬語は崩さないくせに、眼差しはまるで獲物を追い詰めるかのように鋭い。そんな視線に射抜かれると同時に、喉が引くつくのを感じた。

「では、また次の会議で」

 一ノ瀬君はコップを片付けると、一言残して給湯室を後にした。
 残された私は、現実逃避をするしかなかった。
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