優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください
 一ノ瀬君は、近くの椅子を引き寄せると腰を下ろした。長い足が窮屈そうに折り畳まれる。彼は、私が一口食べるまで動かないつもりらしい。
 仕方なくホットサンドを口に運ぶと、温かな味が喉を通るのと同時に焦燥感が少しだけ解けていくのが分かった。味わいながら食事を取るのが、なんだか久しぶりのような気がした。

「入社したばかりの僕に、先輩は言いましたよね。『仕事は、相手を想う想像力から始まるんだよ』って」

 一ノ瀬君が唐突に切り出した。彼の視線は、夜景が映る窓の方へと向けられている。その横顔は、オフィスで見せる冷徹なプロのそれではなく、どこか遠い記憶を辿る少年のようだった。

「……覚えているの?」
「忘れるわけないでしょう。あの時の僕は、発注されたものをそのまま作るだけでいいと思っていました。でも、先輩だけはいつまでも親身に指導してくれた。少なくとも、他の先輩は早々に手を離した僕のことを見守っていてくれましたよね」

 一ノ瀬君はふっと自嘲気味に笑い、私の方を向いた。

「あの時、『いつか先輩に追いつきたい』って本気で思ったんですよ。だから、こうして一緒のプロジェクトに携われることを嬉しく思ったのに、」

 心臓の鼓動が早まる。一ノ瀬君の言葉は重く鋭く、私の胸に突き刺さった。

「なのに、どうして先輩は俺を頼ってくれないんですか」

 一ノ瀬君は苦し気に顔を歪め、迷子の子どものような目をしていた。彼の瞳の中に、困惑している私自身の顔が映っている。それが、嫌に鮮明だった。

「先輩。今の僕は、以前のような無知な新人じゃありません。この1年で実績も付けて、あなたのサブとして戻って来たじゃないですか」
「……やめて。それ以上は……」
「嫌だと言ってもやめません。……いっそのこと、僕のことを頼らざる負えない状況にでも陥ってくださいよ」

 彼の敬語は崩れない。それでも、普段は冷静なことが多い彼から珍しく感情が溢れていた。
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