アンコールはリビングで
4. 湯気の中の覚悟

かいた汗を流すため、洗面所を通ってバスルームへ向かう。

広々とした浴室。普段ならゆっくり湯船に浸かるところだが、今は時間がない。
シャワーを全開にして頭から浴びると、汗と共に眠気も完全に洗い流されていく。

引き締まった腹筋を水滴が伝い、足元へ落ちる。
シャンプーの香りに包まれながら、俺は「早瀬湊」としての顔を作っていく。

鏡の曇りを手で拭い、濡れた髪をかき上げる。
そこに映るのは、もう「凪の彼氏」ではなく、数万人のファンを熱狂させる「スター」の顔だった。

浴室を出て、腰にタオルを巻いたままキッチンへ。
プロテインパウダーをシェーカーに入れ、音を立てないように慎重にシェイクする。
一気に飲み干し、喉を鳴らす。
完璧だ。身体の内側からエネルギーが満ちてくる。

再び自室へ戻り、今日の服を選ぶ。
クローゼットを開けると、いつもの愛用スウェットが「俺を着ろ」と言わんばかりにこちらを見ているが、今日は我慢だ。

(今日はロケバス待機とか着替えだよな……下手なもん着ていけねーか。スウェット、お前は留守番だ)

心の中で相棒に別れを告げ、俺は黒のタートルネックニットと、細身のスラックスを選んだ。
その上に、厚手のチェスターコートを羽織る。
モノトーンでまとめたシンプルな冬コーデ。

動きやすさと防寒、そして「人に見られても恥ずかしくない」最低限の洒落っ気を兼ね備えた、ロケ日の正装だ。

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