アンコールはリビングで

9 秘密の車窓と、助手席の特等席

1. 地下の隠れ家

玄関のドアを開けた瞬間、私たちの間に「暗黙のルール」が発動した。
繋いでいた手は自然と離れ、他人行儀な距離が生まれる。

(……分かってるけど、やっぱちょっと寂しいな)

家の中であれだけ甘い時間を過ごした後だと、その温度差に胸がちくりと痛む。

私は誰にも見られないよう、帽子を目深にかぶり、少し前を歩く彼の背中を追いかけた。
エレベーターが地下駐車場に到着する。

薄暗いコンクリートの空間。冷たい空気が肌を刺す。

「……こっち」

彼が顎でしゃくった先には、一台の車が鎮座していた。

マットブラックの塗装が鈍く光る、メルセデス・ベンツ Gクラス。
無骨さとラグジュアリーさを兼ね備えたその威容は、まさに「俺様」な彼にうってつけの車だ。

「……すごい」

「車、借りてきた。今日はこいつで出かけようぜ」

彼はキーのロックを解除すると、私の腰に手を回し、ぐっと顔を寄せた。 

「……二人きりでな」

耳元で囁かれた低音ボイス。

その熱は、冷えた地下の空気の中で火傷しそうなくらい熱い。
さっき私が抱いた一抹の寂しさなんて、彼にはお見通しだったのかもしれない。

心臓がドクリと跳ねるのを隠しながら、私は助手席へと乗り込んだ。

< 38 / 49 >

この作品をシェア

pagetop