アンコールはリビングで
2. 密室の約束

重厚なドアが閉まると、車内は完全な静寂に包まれた。

革の匂いと、微かに香る湊の香水。
外界から遮断された、私たちだけの秘密基地だ。

「……ふぅ」

運転席に乗り込んだ湊は、ハンドルを軽く叩くと、真面目な顔で私を見た。

「いつも外行く時はバレねぇようにって、気ぃ遣わせてごめんな。今日は車で俺らだけの空間だから。誰の目も気にしなくていい。……凪も羽伸ばせよ」

その言葉の端々から、彼の誠実さが伝わってくる。
「国民的スター」という肩書きは、時として私たちを窮屈にするけれど、彼はいつだって私を一番に考えてくれている。

「ううん。普段も外に一緒に行ける時楽しいよ。それに……湊、今週すごく忙しかったのに、わざわざ時間作って手配してくれたんでしょ?その気持ちがすごく嬉しい。ありがとね」

私が素直に感謝を伝えると、彼は一瞬きょとんとして、それからバツが悪そうに顔を背けた。

耳が赤い。

「……ま、まぁ、そもそも俺はアイドルでもねぇし、彼女バレしても全然困らねぇんだけど……」

彼は照れ隠しのように早口で言い、エンジンをかけようとして、ふと動きを止めた。

そして、ハンドルの上で指を組んで、独り言のように小さく、でも力強く呟いた。

「……さっさとこんなコソコソしねぇで済むようにしてぇよな……」

「え?」

「……なんでもねぇよ。出発すんぞ」

聞き返す間もなく、重低音と共にエンジンが始動した。

今の言葉の意味を反芻する間もなく、彼が胸ポケットからサングラスを取り出した。

サッとかけたその姿。
黒いレンズ、整った顎のライン、ハンドルを握る大きな手。
完全にドラマのワンシーンだ。

(……だめだ、今日はなんか、湊がかっこよすぎて……)

いつもなら「毛玉スウェットの湊」を思い出してバランスを取るのに、今日の彼は隙がない。
一ファンとして、ただただ見惚れてしまう。

しっかりしろ私。隣にいるのは、昨日も「もち麦」に文句を言っていた男だぞ。

「……ん? なんだよ、ジロジロ見て」

「べ、別に! ……今日天気良いなって思ってただけ!」

「ふーん……(ここ地下だろ)」

彼は不満げに鼻を鳴らすと、アクセルを踏み込んだ。

車は滑るように地下駐車場を抜け、眩しい昼の光の中へと飛び出した。

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