アンコールはリビングで
俺は音を立てないようにソファに近づき、上着を脱いで椅子の背に掛けると、片膝をついて彼女の顔を覗き込んだ。

無防備な寝顔。目の下にはうっすらとクマがある。
きっと今日も、あの戦場で理不尽な仕事と戦ってきたのだろう。

「……毎日頑張りすぎだ、バカ」

俺はそっと前髪をかき上げ、その柔らかな頬を親指で撫でた。

温かい。

この体温に触れるだけで、俺の中のスイッチが「OFF」に切り替わり、張り詰めていた神経が溶けていく。

俺にとっての最高の癒やしは、高級なスパでも睡眠でもなく、この寝顔だ。

「……んぅ……」

撫でられたのが擽ったいのか、凪が小さく声を漏らす。
その唇が無意識に尖っているのが可愛くて、俺は衝動のままに顔を寄せた。

「……ん。愛してる」

耳元で囁くように落とされた、俺だけの愛の言葉。
そして、頬にちゅっと落としたキス。

凪は気づかずに、ふにゃりと幸せそうに寝返りを打った。

(……起きねぇな。ま、いいけど)

俺は立ち上がり、寝室から厚手の毛布を持ってくると、彼女の体をすっぽりと包み込んだ。
起こすのは可哀想だ。今はまだ、夢の中にいさせてやろう。

「……さてと」

俺は着ていたチャコールグレーのニットの袖をまくり上げた。

ここからは、俺のターンだ。

お腹は空いているだろう。
何か消化に良くて、栄養満点で、起きた彼女が飛び上がって喜ぶようなものを作ってやろう。

明日は高尾山デートの撮影だ。体力を温存しなければならないが、今の俺には、彼女のために腕を振るうこの時間こそが、一番の休息であり、贅沢な「遊び」だ。

「……覚悟しとけよ、鬼コーチ」

国民的スター・早瀬湊は、ただの「凪の彼氏」の顔で優しく、そして不敵に微笑むと、静かにキッチンへと向かった。
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