アンコールはリビングで
2. スウェットじゃなくてよかった

目当てのジュエリー店の近くまで来ると、そこは世界的なハイブランドが立ち並ぶエリアだった。

どの店舗も、重厚なガラス扉の向こうから「一般人お断り」と言わんばかりの眩いオーラを放っている。

(おーおー……こんないい店に入るのなんて久しぶりだぜ……)

若干の緊張を覚えつつ、ふとショーウィンドウのガラスに映る自分の姿に目を留めた。
黒のスラックスに、シンプルなハイゲージニット。その上に仕立ての良いロングコート。
マスクと帽子で顔は見えないが、シルエットは完璧なモデル仕様だ。

(……セーフっ……! 今日はいつものスウェット着てきてなくて、マジで良かった……)

昨日の「3年モノの毛玉スウェット」が脳裏をよぎる。
着心地は最高だし、凪の前ではあれが正装だが、あの姿だったら間違いなく店の敷居すら跨がせてもらえなかっただろう。

(……よし、行くか)

俺は今日一番の焦りを、俳優業で培った演技力で鉄仮面の下に隠した。
あまりに重装備だと逆に不審がられると思い、マスクだけを外してポケットにしまう。

呼吸を整え、俺は重厚なガラス扉の前へと進んだ。

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