アンコールはリビングで
3. 婚約指輪と動悸

店に近づくと、入り口に立っていた長身のドアマンが、一瞬のうちに俺の足先から頭のてっぺんまでを視線で素早く確認した。

品定めのような鋭い視線。

しかし、俺が顔を上げて堂々と近づくと、ドアマンの表情は瞬時に柔らかな笑顔へと変わった。

「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」

恭しくドアが開かれる。

俺は口角を数ミリ上げ、完璧な「早瀬湊」のスイッチを入れた。

「ありがとうございます」

低く落ち着いた声で礼を言い、足を踏み入れる。

店内は静謐な空気に包まれ、微かなアロマの香りが漂っていた。
すぐに、一人の女性ジュエリーコーディネーターが近づいてくる。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなお品物をお探しでしょうか?」

「あ、ええっと……」

「ブライダルリングでしょうか? こちらに婚約指輪や結婚指輪のコーナーもございますが」

彼女が示した先には、眩いばかりのリングが並ぶショーケースがあった。
「結婚」というワードが出た瞬間、俺の心臓がドクリと大きく跳ねた。

(……け、結婚指輪……)

凪の左手の薬指。そこに俺が贈った指輪が光る光景を想像してしまう。
まだだ。まだその段階じゃない。

でも、いつかは――。

「……いえ、今日はそちらではなくて」

少し高鳴る鼓動を悟られないよう、俺は爽やかな笑顔を作った。

「今日は、女性もののネックレスを見たいなと思っていて。プレゼント用に」

「さようでございましたか。失礼いたしました。ネックレスでしたら、こちらになります」

コーディネーターの案内で、奥のフロアへと進む。

内心で「ふぅ」と息をついた。
危ない。買い物に来ただけなのに、寿命が縮むかと思った。

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