アンコールはリビングで
「って、ちょっと待って! ここ、私の会社の近くだよ!?」

「おう。だから来たんだろ?」

「そうじゃなくて! 誰かに見られたらどうすんの!?」

私の会社では、彼氏がいることは話しているけれど、相手が誰かは絶対に秘密にしている。

もし今、残業帰りの同僚に見られたら。

『水沢さんの彼氏、めっちゃ背高くない?』
『あれ、早瀬湊に似てない?』

なんてことになったら、私の平穏な日常は崩壊する。

「やばい、誰か知ってる人来ないかな……早く行こう、湊!」

私がキョロキョロと挙動不審になっていると、横から「くっくっ……」と押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
見上げると、湊が面白がった目で私を見下ろしている。

「……何笑ってんのよ! こっちは本気で心配してるんだから!」

「いや……お前の反応、面白すぎだろ。顔色変わりすぎ」

「もう! 人の気も知らないで!」

私が頬を膨らませて怒ると、湊は「はいはい、悪かったよ」と私の頭をポンポンと撫でた。

「大丈夫だって。今の俺、完全にオーラ消してるから」

「オーラって……」

改めて彼の姿を見る。
確かに、いつものキラキラした「早瀬湊」の覇気はなく、ただの背の高い怪しい男に見えなくもない。

「今の俺は、ただの怪しいお兄さんだからよ。誰も気づかねぇって」

「いや……不審者もそれはそれでまずいって(笑)」

「あ? 誰が不審者だよ」

私がくすりと笑うと、彼もマスクの下で楽しそうに目を細めた。

< 88 / 191 >

この作品をシェア

pagetop