アンコールはリビングで

12 揺れるつり革と、タイムマシンの行方

※この物語には、過去の電車内での迷惑行為(痴漢等)に関する描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。

1. 改札前の逆流

凪の職場近くから、駅まで歩く道。
普段なら、一分一秒でも早く家に帰りたくて、競歩のような速さで駆け抜けるアスファルトの上を、今日は湊と二人、のんびりと歩いている。

手は繋げない。少し距離を空けて並んで歩く。
それだけのことなのに、見慣れた景色がまるで違って見える不思議な感覚。

駅に近づくにつれ、人の波は激しさを増していった。
帰宅ラッシュのピークだ。

改札前で、私がいつものようにICカードを取り出そうとした瞬間だった。

「っ……!」

前方から、スマホを見ながら急ぎ足で歩いてきたサラリーマンの男性が、私にぶつかる軌道で突っ込んできた。
避けきれない――そう思った瞬間、強い力で腕を引かれた。

「あぶねっ」

ふわりと香る、湊の匂い。
気がつくと、私は彼の胸元に引き寄せられ、守られるような体勢になっていた。

「おい、ぼーっとしてんなよ。ぶつかりそうだったぞ」

「あ……ごめん、ありがとう……」

湊は私を庇ったまま、去っていくサラリーマンの背中を鋭い目つきで睨んでいる。

いつもの私って、あんな感じなのかもしれない。
誰だって、愛しい人が待つ家へ早く帰りたい。温かいご飯を食べたい。癒されたい。
さっきのサラリーマンの気持ちが、痛いほどよく分かる。

(……けれど今は、その愛しい人が横にいる)

私は雑踏の中、マスク越しに見える湊の顔を見上げた。
彼がいるだけで、この殺伐とした空間がシェルターのように安全な場所に変わる。

幸せを噛み締め、私は笑顔を作った。

「さっ、行こっか!」

「おい、凪、待てよ! ……さっきまでぼーっとしてたのに……」

軽やかな足取りで改札を通る私の背中に、湊が小声でツッコミを入れる。

その声色が優しくて、改札の電子音さえも心地よく響いた。

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