転生したので好きなことだけしていたら囲われました

転生ってこんな感じなの?

 次に目を開けたとき、私は“どこか”に倒れていた。

 痛みはない。
 怖いくらい、体が軽い。

 空は青く、雲が流れ、どこまでも続いている。
 地面だと思った場所に手をつくと、ぴちゃり、と水の感触がした。

 水面に、空が映っている。

 ――ここは。

 現実じゃない。
 そう思った途端、胸の奥が冷えた。

 やっぱり私、死んだんだ。

 言葉にした瞬間、喉の奥が詰まる。
 泣きたいのか、悔しいのか、自分でも分からない。

 背後から小さな鳴き声がした。

「……あ」

 振り返ると、あの白猫がいた。
 当たり前のように、足元に座って私を見上げている。

「君も……来ちゃったんだね」

 抱き上げると、温かい。
 その温度が、逆に現実味を増してしまって、胸が痛んだ。

 

 どこへ行けばいいのかも分からない。
 それでも立ち上がって歩き出したとき――

「きゃーーっ! 避けてーー!」

 頭上から、甲高い叫び声が降ってきた。

「……え?」

 反射的に後ろへ下がる。
 次の瞬間、空から“人”が落ちてくるのが見えた。

 落ちてきたのは、女性だった。
 信じられないほど美しく、眩しいくらいきらきらしている。

「受け止めてーーっ!」

 無茶だ。
 無理に決まってる。

 そう思いながらも、体が動いてしまった。
 咄嗟に腕を伸ばし、落下してくる彼女の真下に入る。

 ――衝撃が来る。

 身構えたのに。

 何も、起きない。

 彼女は私の腕の中で、触れるか触れないかの距離で、ふわりと浮いていた。

 そして、にっこり笑って言った。

「合格!」

「……は?」

「今の、助けようとしたでしょ? 優しいね。合格!」

 意味が分からない。
 でも、彼女のテンションは私の理解を待ってくれなかった。

「えっとね、あなたがいた世界――私、ちょっと事故っちゃって」

 “ちょっと”じゃないだろう、と言いたかった。
 けれど喉が動かない。

 彼女は困ったように笑いながら、続ける。

「本当にごめんなさい。だからお詫びに、転生させてあげる」

「……転生?」

「そう! あなた、前世で悪いことしてないし。おまけに今、私を助けようとした。だから、転生決定!」

 決定って、そんな軽い感じで?

 呆れる私に、彼女は胸を張った。

「私、女神だから!」

 言い切る声だけは、妙に自信満々だった。

「で、転生先はどうする?」

「……どうするって」

「争いごとは少なめ。穏やかな場所がいい? それとも都会? 身分は? 家族は?」

 矢継ぎ早に聞かれて、頭が追いつかない。

 でも――

 前世の私は、何も選ばず、選ばれず、流されるままに生きてしまった。
 その後悔だけは、確かに残っている。

「……静かに暮らせる場所がいいです」

 口から出た言葉は、思ったよりも切実だった。

「目立たずに、穏やかに。好きなことをして生きたい」

 女神は目を丸くして、次にふっと笑った。

「いいね。じゃあ、田舎の貴族の娘。家族もいる。暮らしは安定。どう?」

 私は頷いた。

 それなら――今度こそ。

「よし、決まり! それじゃ、行ってらっしゃい。今度こそ、幸せになりなさい」

「待っ――」

 言いかけた瞬間、足元の水面がほどけるように崩れた。

「きゃっ……!」

 落ちる。
 また、落ちる。

 白猫の鳴き声が遠くで聞こえた気がして、私は必死に手を伸ばした。

 そして。

 気づけば私は、別の名前と、別の体と、別の人生を持っていた。

 田舎貴族の娘、シャーロット・イリックとして。

 ――穏やかに暮らすはずだったのに。

 どうして私は今、
 エバンス公爵家の屋敷で、
 眩しすぎる次期公爵に「偽の婚約」を頼まれているのだろう。

 

 答えは、まだ分からない。

 ただひとつ分かるのは、
 この世界で私は、もう一度“選ぶ”ことになる――ということだけだった。
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