毒を盛られた令嬢は、冷酷皇帝に溺愛される

第6章 自ら選ぶ道

翌朝、屋敷中に鐘が鳴り響いた。
使用人たちが、急いで中庭に集められる。
エリアナも、部屋から呼び出された。
中庭には、すでに数十人の使用人が並んでいる。皆、不安そうな表情で囁き合っている。
エリアナは静かに、列の端に立った。
心臓は落ち着いている。呼吸も穏やか。
これから何が起こるか、エリアナは知っている。
そこへ、継母マルグリットが姿を現した。
豪華な深紅のドレスを纏い、宝石を身につけたその姿は、まさに侯爵夫人の威厳。その隣には、得意げな表情のイザベラ。
継母は、中庭の中央に立った。
「皆、よく聞きなさい」
冷たく、明瞭な声が響く。
「本日、重大な発表があります」
使用人たちが、息を呑む。
継母は、エリアナを指差した。
「エリアナは、王太子妃の座を妬み、イザベラ様を呪いました」
ざわめきが、中庭を包む。
エリアナは、表情を変えない。
予想通り。
「証拠は、こちらです」
継母が手を挙げると、執事が小さな箱を持ってくる。その中には、布で作られた人形。黒い糸で縫われ、胸には針が刺さっている。
呪術の人形。
「これは、エリアナの部屋から見つかったものです。イザベラ様の髪の毛が縫い込まれています」
使用人たちが、エリアナを見る。その目には、恐怖と嫌悪。
エリアナは、冷静に人形を見つめた。
捏造された証拠。記憶と全く同じ。
「よって、エリアナには辺境への追放を命じます」
継母の宣告が、中庭に響く。
「明日の朝、この屋敷を出なさい。二度と戻ることは許しません」
使用人たちが、ざわめく。
継母は満足そうに微笑んでいる。イザベラは、勝ち誇った表情。
その時。
エリアナが、一歩前に出た。
「お母様、私からもお願いがあります」
静かだが、明瞭な声。
一同が、驚いて振り返る。
継母の表情が、一瞬凍りついた。
「追放されるなら、辺境の『魔獣の森隣接地』を私の領地として譲渡してください」
エリアナは、まっすぐに継母を見つめた。
中庭が、静まり返る。
継母とイザベラが、顔を見合わせる。
「何を……言っているの」
イザベラが、動揺した声で言う。
エリアナは、落ち着いた口調で続ける。
「追放されるのであれば、せめて領地をいただきたいのです。魔獣の森隣接地は、誰も欲しがらない土地でしょう。私に譲渡していただけませんか」
継母が、目を細める。
「貴女、何を企んでいるの」
「何も企んではいません。ただ、自分の居場所が欲しいだけです」
エリアナは、微笑んだ。
継母は、しばらくエリアナを見つめた。
そして、冷笑する。
「そんな危険な場所、好きにしなさい。どうせ貴女は魔獣に食われて死ぬでしょう」
「ありがとうございます、お母様」
エリアナは、丁寧に頭を下げた。
内心で、エリアナは呟く。
計画通り。
継母は手を振り、使用人たちを解散させた。
皆、散っていく。
エリアナは、中庭を後にした。
背後から、継母とイザベラの視線を感じる。
だが、もう関係ない。
エリアナは、前だけを見て歩いた。
継母の私室。
豪華な家具が並ぶ部屋で、継母は椅子に座っていた。
イザベラが、不安そうに立っている。
「お母様、姉が自分から辺境に行くなんて、おかしいわ」
イザベラの声が、震えている。
「あの娘、何か企んでいるんじゃないかしら」
継母は、紅茶を啜りながら答える。
「どうせあの娘は、魔獣に食われて死ぬわ。放っておきなさい」
だが、その目には不安の色。
エリアナの堂々とした態度。あの冷静さ。
何かが、違う。
いつものエリアナなら、泣いて懇願するはず。だが今回は、まるで全てを予測していたかのような反応。
「お母様、本当に大丈夫なの?」
イザベラが問う。
継母は、イザベラを睨んだ。
「心配しすぎよ。あの娘は明日出発する。二度と戻ってこない。それで全て終わりよ」
イザベラは、渋々頷いた。
継母は窓の外を見る。
だが、胸の奥に小さな不安が残っていた。
エリアナは、王都の図書館へ向かった。
古い建物、高い天井、無数の書棚。
エリアナは、医学と歴史の棚へ向かった。
指で背表紙をなぞり、目的の本を探す。
『帝国の歴史と皇帝たち』
『不治の病と民間療法』
『辺境の地理と魔獣』
エリアナは本を抱え、机に座った。
ページをめくる。
『冷酷皇帝カイザー』の項目。
「即位後、数々の戦争を指揮。冷酷無比な判断で知られる。だが3年前、黒死病に罹患。以降、辺境の森で療養中。余命わずかと言われている」
エリアナは、さらにページをめくる。
黒死病の症状。高熱、リンパ節の腫れ、呼吸困難。
前世の知識が、頭の中で囁く。
これは細菌感染症。ペスト菌による感染。
抗生物質があれば治せる。
だが、この世界には抗生物質はない。
ならば、薬草で代用する。
エリアナは、別の本を開いた。
『薬草図鑑』
ページをめくり、特定の薬草を探す。
ウィローバーク。抗炎症作用。
エキナセア。免疫賦活作用。
ゴールデンシール。抗菌作用。
これらを組み合わせれば、抗生物質に近い効果が得られる。
「細菌感染症なら……この薬草の組み合わせで」
エリアナは、ノートに配合を書き込んでいく。
地図を広げる。
辺境の地図。魔獣の森隣接地。
そして、森の奥に小さな印。
「皇帝の野営地……ここだ」
全てが、繋がっていく。
エリアナは、本を閉じた。
準備は整った。
明日、出発する。
翌朝、エリアナは荷馬車の前に立っていた。
質素な荷物が、荷台に積まれている。
調合した薬の瓶。薬草の種。そして、父の日記の写し。
エリアナが密かに書き写したもの。継母の罪を示す、唯一の証拠。
使用人たちは、誰も見送りに来ない。
本館の窓から、継母とイザベラが見ている。冷ややかな視線。
エリアナは、荷馬車に乗り込んだ。
御者が手綱を取る。
「では、出発します」
荷馬車が、ゆっくりと動き出した。
エリアナは、屋敷を振り返らなかった。
内心で、呟く。
「お母様、イザベラ。必ず真実を暴いて見せます」
「今度こそ、私の人生を生きる」
荷馬車が、王都の門を抜ける。
街並みが、遠ざかっていく。
エリアナは、前を向いた。
辺境へ。
新しい人生の始まり。
風が、エリアナの髪を撫でる。
空は青く、雲が流れている。
エリアナの目には、希望の光が宿っていた。
< 6 / 7 >

この作品をシェア

pagetop