涙色のアリス 俺の声が聞こえるかい?
初めて楓の部屋に入った。 覗いてみるとごくごくふつうのお嬢さんの部屋だった。
「どうしたの?」 「いやいや、組のお嬢だからさあ壁に家紋でも貼ってるんじゃないかって、、、。」
「やあねえ。 私はそこまでのめり込んでないわよ。」 そう言いながら俺の手をパしパシッと叩いてくる。
「痛いなあ。」 「あら、ごめんなさい。 腕もケガしてたのね?」
ニコッと笑って救急箱を取り出す。 そして赤チンを傷口に塗り始めた。
「看護師みたいだね。」 「お父さんに言われたんだ。 喧嘩なんかしなくていいからケガの手当てくらいは出来るようになれって。」
「そうなのか。」 「組の人って聞いたら誰だって暴れん坊みたいな想像をするでしょう? でもほんとは違うのよ。」
「そうなの?」 「誰だって暴れたくて暴れてるわけじゃないんだから。 一部にはそういう人も居るけど。」
擦り傷に赤チンを塗る。 そして熱を持っている所にはシップを、、、。 どっかのマネージャーみたい。
「お腹空いたんじゃない?」 「だねえ。 いきなりだったから構えられなくて、、、。」
「分かった。 ちょっと待ってて。」 そう言うと楓は部屋を出て行った。
一人になった俺は部屋を見回してみた。 組の匂いなんて感じさせない女の子の部屋だ。
(それで楓は何をしてきたんだろう? これまで誰とも絡もうとはしなかった。) 解けない謎の一つだ。
「謎解きはディナーの後で。」ってか? ちょいと古過ぎないか?
そしてあの3人の男たち。 まるでキンタロス ウラタロス モモタロスみたいな人たち。
あの男たちはいったい何なんだろう? 楓のボディーガードなのかなあ?
30分ほどして丼を抱えた楓が戻ってきた。 「なになに?」
「いやね、冷蔵庫にレンチンの親子丼が有ったから二つ入れてチンしてきたの。」 「いいよ こんなに。」
「食べ盛りなんだから食べなきゃ。」 「そうは言っても、、、。」
「心配しないで。 私は私で作ったから。」 そう言うと楓はまた部屋を出て行った。
ドンブリに大盛りされた親子丼を目の前にして恐縮していると、、、。 「一緒に食べようよ。」って楓が笑い掛けてきた。
「そんじゃあ、、、。」 箸を持って手を合わせる。
「いただきます。」 「はい、どうぞ。」
「なんかお母さんみたいだなあ。」 「ヘヘ、分かった?」
「分かるよ。 それくらいなら。」 「そっか。 傷のほうはどう?」
「殴られたところはまだまだ痛むけど後はそうでもなくなったよ。」 「良かった。 桜木君は大事な人だから。」
親子丼を掻き込んでいる楓を見ていると何だかホッとするのは何故だろう? もしかしてこれが恋?
なわけは無いよなあ。 今まで恋なんてしたことは、、、。
無いとは言えないけど好きになる対象も居なかった気がする。 特に族に入ってからは。
他のやつらはバイクの後ろに女の子を乗せてキャーキャー言わせてたけどそんなのにすら興味も無かったしね。 「面白いもんだぜ。」って言われたことも有るけどさっぱり興味が湧かない。
そのままで族が解散しちまった。 早かったなあ。
親子丼を食べ終わると「ケガの様子を見せて。」って楓が言ってきた。 「そんなすぐには変わらないよ。」
「いいの。 佐々木さんたちが心配してたから。」 「そうなの?」
半信半疑なままで俺は腹を見せた。 「けっこう蹴られたのねえ。 分かった。」
写真を撮った楓は佐々木さんにメールを送った。
今日はそのまま夕方まで楓の部屋でのんびりさせてもらった。 その間に金子さんがバイクを修理工場に持って行ってくれた。
「修理代は島田さんに払わせるから安心してね。」 言ってることはきついんだけどニコッと笑う笑顔が可愛くて、、、。
そのツインテールを触ってみる。 「初めてだなあ。 髪を触られたのは。」
「そうなの?」 「だって子供の頃から周りに友達をあんまり作らなかったからさあ。」
「そうなんだね。 俺はけっこういろんな友達が居るけど、、、。」 「桜木君だけでいいわ。」
「そうなの?」 「うん。 一人で十分。」
そう言いながら楓は俺に飛び込んできた。 「楓ちゃん、、、。」
「楓って呼んでもいいのよ。」 「でも、、、。」
「いいの。 桜木君しか居ないんだから。」 そう言って俺のシャツに顔を埋めてくる。
そこに電話が掛かってきた。 「ああ、楓さんかい? 桜木君のバイクだけど、、、。」
「うん。 うん。」 しばらく話をして電話を切った楓は俺のほうを向いた。
「部品が無くて十日くらい掛かるんだって。 それでもいいかって聞いてくれって。」 「いいよ。 修理に出してくれただけでもありがたいのに。」
「分かった。 伝えとくね。」 「じゃあ、そろそろ帰るよ。 世話になっちゃったね。」
「来週は文化祭だね。 頑張ろうね。」 「あいよ。」
家に帰っても親子丼を頬張ってる楓の顔が忘れられない。 明日もいきなり思い出しそうで怖いな。
高校生活もあと3か月。 無事に終わらせたいよなあ。
翌日は月曜日。 隆台高校は文化祭前で盛り上がっている。 講堂ではステージが作られていて1年生やバンドの連中が朝から練習を繰り返している。 グループによっては放課後もやるらしい。
3年生だって例外じゃない。 模擬店の係になっている俺たちも授業の合間を縫うように準備を進めている。
「よし。 タコ焼き屋の案内板が出来上がったぞ。」 「何これ? なんか可愛いんだけど、、、。」
「いいだろう? タコ焼きのタコ坊だ。」 「へえ。 鏑木さんってそんなセンスが有ったんだなあ。」
「何だいそりゃ?」 「いっつも女の子を追い掛けてばっかりのイメージだったから。」
「言ってくれるなあ。 桜木。」 「ああ、ねえねえ桜木さん メガホンは使わないの?」
「要らないと思うよ。 そんなに広い所じゃないし。」 「でもさあ、、、。」
「匂いが充満してるんだ。 嫌でも来るよ。」 「そんなこと言ったって、、、。」
他の模擬店の連中もいろいろと考えながらやっているらしい。 楓はまた俺の傍にやってきた。
「タコ焼き 美味しそうだねえ。」 「前も食べなかったっけ?」
「私さあ、文化祭を見るのって初めてなのよ。」 「そうだったっけ?」
「うん。 お父さんの都合にして休んでたから。」 楓は申し訳なさそうに俯いた。
その日の昼休み、谷本先生がやってきた。 「就職相談会の日程が決まったから資料を渡しておく。 しっかり目を通すようにな。」
他にも10人くらい居るらしい。 忙しくなるなあ。
楓は渡された資料を念入りにチェックしている。 「そうか、、、。 あの会社も求人票を出したのね。」
ポツリと言ったことが何か気になるんだけど、まあここは突っ込まずにスルーしようか。 そもそもが突っ込んでも何のことやら分からないんだろうから。
放課後、俺は珍しく教室に居た。 模擬店の準備はほぼほぼ出来上がったし慌てることも無いだろうから。
そこへ帰ったはずの楓が戻ってきた。 「まだ残ってたの?」
「そうだよ。 何か気になって。」 「何が?」
「就職相談会の資料を見てたんだ。 どっかで見たことが有る会社が出てたから、、、。」
「林葉建設事務所ね?」 「そうそう。」
「林葉っていつも騒がれてる県議会議員の会社よ。」 「やっぱりか。」
「あそこはね、金にはうるさいの。 仕事より儲け。 従業員はみんなパート。」 「それでよく続くなあ。」
「だって金が掛からないんだもん。 続けてられるわよ。」 「そうなのか。」
「林葉には関わらないほうがいいわよ。」 「そのつもりだよ。 建設業には興味も何も無いから。」
それにしてもよく分かってるなあ。 先生たちより詳しいんじゃないか?
「何でそこまで知ってるんだ?って思ったでしょう?」 「そりゃあ誰だって思うよ。」
「組長がね、いろいろと会社に人を送って中から情報を漏らしてくるのよ。 それで詳しくなっちゃったの。」 「それでか。」
「でもこんなこと、他の人たちには言わないでね。」 「言うもんか。 楓のことなんて。」
「ありがとう。 だから桜木君は好きなのよ。」 夕日が沈んだ窓を背にして俺たちは初めて抱き合った。
不思議なくらいに幸せだった。 それが一瞬にして飛び散ることになろうなんて気付きもせずに、、、。
「もうすぐ文化祭だね。 何か記念に残そうね。」 「そうだなあ。 学生最後の文化祭だもんなあ。」
教室を出た俺たちは他愛も無い話をしながら昇降口へ下りていく。 すっかり暗くなった外へ出て歩き始める。
俺の胸の内にはさっき抱き締めた楓の感触が鮮やかに残っている。 楓を好きなことに何の迷いも無かったんだ。
それから数日が経って文化祭の当日を迎えた。 1日目の午前中はクラス対抗のスケジュールが組まれている。
この日ばかりは工業課も授業を休んで劇やら歌やらでステージを賑わせている。
うちのクラスもやりたい人たちが中心になって演劇を作ったらしい。 俺にも誘いは掛かったけど模擬店が有るからって楓と一緒に断ったんだ。
午後になると場所を変えて模擬店が賑わってくる。 タコ焼き屋も1年生が呼び込みを始めた。
母さんたちも午前中は来たことが無いのに午後になるとひょっこりとやってきてタコ焼きを買って帰っていく。 いつもそれだけ。
まあ変わってる親だからそれでもいいかと俺は思っている。 それでも楓は羨ましそうな眼で俺を見るんだ。
何となく事情は知ってるから俺は何も言わない。 4時まで立ってるのは辛いから時々休憩を入れながら楓とお茶を飲む。
「すごい売れようだね。」 「驚いた?」
「うん。 こんなに売れるんだ。」 「親たちも買いに来てくれるからさ。 そっか、楓のお父さんたちは仕事してるんだよね。」
不意にしょんぼりしてしまった楓の肩を抱く。 「分かってるよ。 悪気が無いことは。」
「ごめんな。」 「いいのよ。 事情を知ってるのは桜木君だけだから。」
「さあさあ売り込みも後半戦だぞーーーーー。」 1年の吉田君は気合を入れ直している。
俺もまた焼き台に向かった。 あと少しだ。
やがて今年の文化祭も終わってしまった。 あんなにたくさん居た人たちがみんな居なくなって廊下も教室もガランとしている。
教室の中はまるで廃墟みたいにいろんな道具が置いてある。 明日は朝からバザーやら籤引きやらで忙しくなるんだ。
生徒会と職員会が協力してでっかいイベントをやる。 講堂でやるから教室はそのまま。
翌日は休みだから荷物はそのままに置いてある。 火曜日に登校したら全員総出で大掃除だ。 大変だぞ。
この文化祭も何回目なんだろうなあ? かなり伝統が有るって先輩の黒瀬さんが言ってたっけ。
それが終われば二学期も終わるんだ。 あっという間に冬が来る。
学生生活最後の冬休みだ。 今年は何をしようかな?
「どうしたの?」 「いやいや、組のお嬢だからさあ壁に家紋でも貼ってるんじゃないかって、、、。」
「やあねえ。 私はそこまでのめり込んでないわよ。」 そう言いながら俺の手をパしパシッと叩いてくる。
「痛いなあ。」 「あら、ごめんなさい。 腕もケガしてたのね?」
ニコッと笑って救急箱を取り出す。 そして赤チンを傷口に塗り始めた。
「看護師みたいだね。」 「お父さんに言われたんだ。 喧嘩なんかしなくていいからケガの手当てくらいは出来るようになれって。」
「そうなのか。」 「組の人って聞いたら誰だって暴れん坊みたいな想像をするでしょう? でもほんとは違うのよ。」
「そうなの?」 「誰だって暴れたくて暴れてるわけじゃないんだから。 一部にはそういう人も居るけど。」
擦り傷に赤チンを塗る。 そして熱を持っている所にはシップを、、、。 どっかのマネージャーみたい。
「お腹空いたんじゃない?」 「だねえ。 いきなりだったから構えられなくて、、、。」
「分かった。 ちょっと待ってて。」 そう言うと楓は部屋を出て行った。
一人になった俺は部屋を見回してみた。 組の匂いなんて感じさせない女の子の部屋だ。
(それで楓は何をしてきたんだろう? これまで誰とも絡もうとはしなかった。) 解けない謎の一つだ。
「謎解きはディナーの後で。」ってか? ちょいと古過ぎないか?
そしてあの3人の男たち。 まるでキンタロス ウラタロス モモタロスみたいな人たち。
あの男たちはいったい何なんだろう? 楓のボディーガードなのかなあ?
30分ほどして丼を抱えた楓が戻ってきた。 「なになに?」
「いやね、冷蔵庫にレンチンの親子丼が有ったから二つ入れてチンしてきたの。」 「いいよ こんなに。」
「食べ盛りなんだから食べなきゃ。」 「そうは言っても、、、。」
「心配しないで。 私は私で作ったから。」 そう言うと楓はまた部屋を出て行った。
ドンブリに大盛りされた親子丼を目の前にして恐縮していると、、、。 「一緒に食べようよ。」って楓が笑い掛けてきた。
「そんじゃあ、、、。」 箸を持って手を合わせる。
「いただきます。」 「はい、どうぞ。」
「なんかお母さんみたいだなあ。」 「ヘヘ、分かった?」
「分かるよ。 それくらいなら。」 「そっか。 傷のほうはどう?」
「殴られたところはまだまだ痛むけど後はそうでもなくなったよ。」 「良かった。 桜木君は大事な人だから。」
親子丼を掻き込んでいる楓を見ていると何だかホッとするのは何故だろう? もしかしてこれが恋?
なわけは無いよなあ。 今まで恋なんてしたことは、、、。
無いとは言えないけど好きになる対象も居なかった気がする。 特に族に入ってからは。
他のやつらはバイクの後ろに女の子を乗せてキャーキャー言わせてたけどそんなのにすら興味も無かったしね。 「面白いもんだぜ。」って言われたことも有るけどさっぱり興味が湧かない。
そのままで族が解散しちまった。 早かったなあ。
親子丼を食べ終わると「ケガの様子を見せて。」って楓が言ってきた。 「そんなすぐには変わらないよ。」
「いいの。 佐々木さんたちが心配してたから。」 「そうなの?」
半信半疑なままで俺は腹を見せた。 「けっこう蹴られたのねえ。 分かった。」
写真を撮った楓は佐々木さんにメールを送った。
今日はそのまま夕方まで楓の部屋でのんびりさせてもらった。 その間に金子さんがバイクを修理工場に持って行ってくれた。
「修理代は島田さんに払わせるから安心してね。」 言ってることはきついんだけどニコッと笑う笑顔が可愛くて、、、。
そのツインテールを触ってみる。 「初めてだなあ。 髪を触られたのは。」
「そうなの?」 「だって子供の頃から周りに友達をあんまり作らなかったからさあ。」
「そうなんだね。 俺はけっこういろんな友達が居るけど、、、。」 「桜木君だけでいいわ。」
「そうなの?」 「うん。 一人で十分。」
そう言いながら楓は俺に飛び込んできた。 「楓ちゃん、、、。」
「楓って呼んでもいいのよ。」 「でも、、、。」
「いいの。 桜木君しか居ないんだから。」 そう言って俺のシャツに顔を埋めてくる。
そこに電話が掛かってきた。 「ああ、楓さんかい? 桜木君のバイクだけど、、、。」
「うん。 うん。」 しばらく話をして電話を切った楓は俺のほうを向いた。
「部品が無くて十日くらい掛かるんだって。 それでもいいかって聞いてくれって。」 「いいよ。 修理に出してくれただけでもありがたいのに。」
「分かった。 伝えとくね。」 「じゃあ、そろそろ帰るよ。 世話になっちゃったね。」
「来週は文化祭だね。 頑張ろうね。」 「あいよ。」
家に帰っても親子丼を頬張ってる楓の顔が忘れられない。 明日もいきなり思い出しそうで怖いな。
高校生活もあと3か月。 無事に終わらせたいよなあ。
翌日は月曜日。 隆台高校は文化祭前で盛り上がっている。 講堂ではステージが作られていて1年生やバンドの連中が朝から練習を繰り返している。 グループによっては放課後もやるらしい。
3年生だって例外じゃない。 模擬店の係になっている俺たちも授業の合間を縫うように準備を進めている。
「よし。 タコ焼き屋の案内板が出来上がったぞ。」 「何これ? なんか可愛いんだけど、、、。」
「いいだろう? タコ焼きのタコ坊だ。」 「へえ。 鏑木さんってそんなセンスが有ったんだなあ。」
「何だいそりゃ?」 「いっつも女の子を追い掛けてばっかりのイメージだったから。」
「言ってくれるなあ。 桜木。」 「ああ、ねえねえ桜木さん メガホンは使わないの?」
「要らないと思うよ。 そんなに広い所じゃないし。」 「でもさあ、、、。」
「匂いが充満してるんだ。 嫌でも来るよ。」 「そんなこと言ったって、、、。」
他の模擬店の連中もいろいろと考えながらやっているらしい。 楓はまた俺の傍にやってきた。
「タコ焼き 美味しそうだねえ。」 「前も食べなかったっけ?」
「私さあ、文化祭を見るのって初めてなのよ。」 「そうだったっけ?」
「うん。 お父さんの都合にして休んでたから。」 楓は申し訳なさそうに俯いた。
その日の昼休み、谷本先生がやってきた。 「就職相談会の日程が決まったから資料を渡しておく。 しっかり目を通すようにな。」
他にも10人くらい居るらしい。 忙しくなるなあ。
楓は渡された資料を念入りにチェックしている。 「そうか、、、。 あの会社も求人票を出したのね。」
ポツリと言ったことが何か気になるんだけど、まあここは突っ込まずにスルーしようか。 そもそもが突っ込んでも何のことやら分からないんだろうから。
放課後、俺は珍しく教室に居た。 模擬店の準備はほぼほぼ出来上がったし慌てることも無いだろうから。
そこへ帰ったはずの楓が戻ってきた。 「まだ残ってたの?」
「そうだよ。 何か気になって。」 「何が?」
「就職相談会の資料を見てたんだ。 どっかで見たことが有る会社が出てたから、、、。」
「林葉建設事務所ね?」 「そうそう。」
「林葉っていつも騒がれてる県議会議員の会社よ。」 「やっぱりか。」
「あそこはね、金にはうるさいの。 仕事より儲け。 従業員はみんなパート。」 「それでよく続くなあ。」
「だって金が掛からないんだもん。 続けてられるわよ。」 「そうなのか。」
「林葉には関わらないほうがいいわよ。」 「そのつもりだよ。 建設業には興味も何も無いから。」
それにしてもよく分かってるなあ。 先生たちより詳しいんじゃないか?
「何でそこまで知ってるんだ?って思ったでしょう?」 「そりゃあ誰だって思うよ。」
「組長がね、いろいろと会社に人を送って中から情報を漏らしてくるのよ。 それで詳しくなっちゃったの。」 「それでか。」
「でもこんなこと、他の人たちには言わないでね。」 「言うもんか。 楓のことなんて。」
「ありがとう。 だから桜木君は好きなのよ。」 夕日が沈んだ窓を背にして俺たちは初めて抱き合った。
不思議なくらいに幸せだった。 それが一瞬にして飛び散ることになろうなんて気付きもせずに、、、。
「もうすぐ文化祭だね。 何か記念に残そうね。」 「そうだなあ。 学生最後の文化祭だもんなあ。」
教室を出た俺たちは他愛も無い話をしながら昇降口へ下りていく。 すっかり暗くなった外へ出て歩き始める。
俺の胸の内にはさっき抱き締めた楓の感触が鮮やかに残っている。 楓を好きなことに何の迷いも無かったんだ。
それから数日が経って文化祭の当日を迎えた。 1日目の午前中はクラス対抗のスケジュールが組まれている。
この日ばかりは工業課も授業を休んで劇やら歌やらでステージを賑わせている。
うちのクラスもやりたい人たちが中心になって演劇を作ったらしい。 俺にも誘いは掛かったけど模擬店が有るからって楓と一緒に断ったんだ。
午後になると場所を変えて模擬店が賑わってくる。 タコ焼き屋も1年生が呼び込みを始めた。
母さんたちも午前中は来たことが無いのに午後になるとひょっこりとやってきてタコ焼きを買って帰っていく。 いつもそれだけ。
まあ変わってる親だからそれでもいいかと俺は思っている。 それでも楓は羨ましそうな眼で俺を見るんだ。
何となく事情は知ってるから俺は何も言わない。 4時まで立ってるのは辛いから時々休憩を入れながら楓とお茶を飲む。
「すごい売れようだね。」 「驚いた?」
「うん。 こんなに売れるんだ。」 「親たちも買いに来てくれるからさ。 そっか、楓のお父さんたちは仕事してるんだよね。」
不意にしょんぼりしてしまった楓の肩を抱く。 「分かってるよ。 悪気が無いことは。」
「ごめんな。」 「いいのよ。 事情を知ってるのは桜木君だけだから。」
「さあさあ売り込みも後半戦だぞーーーーー。」 1年の吉田君は気合を入れ直している。
俺もまた焼き台に向かった。 あと少しだ。
やがて今年の文化祭も終わってしまった。 あんなにたくさん居た人たちがみんな居なくなって廊下も教室もガランとしている。
教室の中はまるで廃墟みたいにいろんな道具が置いてある。 明日は朝からバザーやら籤引きやらで忙しくなるんだ。
生徒会と職員会が協力してでっかいイベントをやる。 講堂でやるから教室はそのまま。
翌日は休みだから荷物はそのままに置いてある。 火曜日に登校したら全員総出で大掃除だ。 大変だぞ。
この文化祭も何回目なんだろうなあ? かなり伝統が有るって先輩の黒瀬さんが言ってたっけ。
それが終われば二学期も終わるんだ。 あっという間に冬が来る。
学生生活最後の冬休みだ。 今年は何をしようかな?