涙色のアリス 俺の声が聞こえるかい?
 12日、日曜日。 俺は珍しく朝から出掛けて行った。
兄ちゃんも母ちゃんも不思議そうな顔で見送ってくれたっけ。 楓と会うことは内緒にしてるけどね。
 いつものバスに乗って高校の近くで降りる。 (こんな時に出てくるんじゃねえぞ。)
辺りを警戒しながら楓の家へ向かう。 「よう、貴様 何をしてくれたんだ?」
「何のことだよ?」 「てめえのおかげで島田がボコボコにされただろうがよ。 責任を取れ!」 「うっせえなあ。 あいつのほうから殴りかかってきたんだ。 俺は何もしてねえよ。」
「嘘吐くな‼」 いきなり言い寄ってきた男が殴りかかってきた。
「やめなさい‼」 通り掛かった女が声を挙げた。
「うっせえ‼ こいつをぶっ殺す‼」 雪が積もった歩道で男は俺を蹴り飛ばした。
「う、、、。」 「島田の分も落とし前を付けてもらうぜ。 覚悟しやがれ!」
 俺はだんだんと意識が遠のいていくのを感じた。 痛みも感じなくなってきている。
いつの間にか俺は気絶していたらしい。 気付いたら部屋の中に寝かされていた。
 「気付いた?」 「ここは?」
「大丈夫。 私の部屋だから。」
「俺はいったい?」 「バス停で殴られたのね。 近所のおばさんが喧嘩してるって教えてくれたのよ。」
「あいつは?」 「あの人は山崎優斗。 島田の手先よ。」
「それで島田の敵をって言ってたのか。」 「執念深いからね。 あの人たち。」
「で、そいつはどうなったんだい?」 「佐々木さんたちに連れて行ってもらったわ。」
「そうか。 この雪合戦の大事な日に、、、。」 「動かないで。 相当にやられてるから。」
 楓の言うとおり、かなり痛めつけられたらしい。 気絶するくらいだからな。
「佐々木さんが言ってたわ。 桜木君にもボディーガードを付けたほうがいいんじゃないかって。」 「有り難いけどさ、そこまで大げさにしたくないな。」
「でも、、、。」 「俺なら大丈夫だよ。 族のやつらにも心配させちまったけど。」
「ほんとに大丈夫? 危なくなったら私を呼んでね。」 「ありがとう。」
おかげで雪合戦は出来なかった。 けれどまた楓の優しさに触れることが出来た気がする。
 家に帰った時には兄ちゃんたちもかなり心配してたけど「なあに。 雪道でスッ転んだんだよ。」って言ったら大笑いしてたからそれでいいと俺は思った。

 1月も大寒を過ぎてもうすぐ節分だ。 暦の上では何とかって歌が有ったよなあ。
「ねえねえ桜木君 もう立春よね?」 「早いなあ。 もう春だよ。」
「ぜんぜん春って気がしないんだけど。」 「しょうがないよ。 今は一番寒さの底なんだから。」
「そっか。 でも早く暖かくなってほしいなあ。 私さあ寒いのって死ぬほど苦手なの。」 「楓って寒がりだもんね。」
「何てったって純粋な女の子ですから。」 「ブ、、、。」
「笑ったなあ? 許さないぞーーーー。」 「その顔で睨まれても怖くないんだけど、、、。」
「ちょっとは私の相手をしてよ。 桜木君。」 「ごめんごめん。」
 何だかそこらに居るカップルのようにじゃれ合っている俺たち、、、。 国先が見たらどう思うだろうなあ?
「もうすぐ卒業試験よね? 終わったらどうするの?」 「どうもしないよ。」
「えーーーー? 寂しいなあ。」 「何か予定でも?」
「桜木君とどっかでゆっくりしたいなって思うんだ。」 「どっかでねえ。」
 休み時間、他のやつらには聞かれないように教室を出てから二人きりで話している。 「そうだなあ、、、。」
「どっか温泉にでも行きたいな。」 「温泉?」
「うん。 寒いし雪の中じゃ死んじゃいそうだし、取り立ててやることも無いんだし、、、。」 「お金は、、、。」
「任せて。 出してもらうから。」 「それじゃあ、、、。」
2年の女子生徒たちが近付いてきたのを知って俺たちはそっと離れた。 「メールで話そう。」
 俺は楓にそう言って廊下を歩いていく。 楓も後から付いてきた。
昼休みまでに温泉旅行のプランは決まってしまってどうやら楓のお父さんが金を出してくれるらしいことも分かった。

 『旅行は決まったけど誰にも言わないでね。 ばれたら大変なことになるから。』

 『もちろんだよ。 やくざに金を出してもらったなんて分かったら退学どころじゃ済まないだろうしね。』

 『そうなのよ。 ここの校長 そういうのにはめっちゃうるさいから。』

 じゃあやるなよって言われそうだけど高校最後の思い出をどうしても作りたいんだ。 楓と二人で。
それからは楓と会ってもどっか嬉しくてお互いにニヤニヤしてばかり。 みんなが居ない所では「あんなににやけたらばれちゃうよ。」ってお互いに突っ込み合うんだ。
本当の恋人になったみたいだね 俺たち。 そしたら、、、。
「私さあ、2月14日生まれなの。」って言ってきた。 「え? バレンタインに生まれたの?」
「そうなんだ。 こんな寒い冬は大嫌いなのに。」 「冬生まれの冬嫌いって居るよねえ。」
「桜木君はいつなの?」 「俺は5月16日だよ。」
「牡牛座か。 星座そのものなんだね?」 「何が?」
「殴られても蹴られても動じないってのは。」 「そうかなあ? 鈍いだけだと思うんだけど。」
 「やあ、お二人さん 仲良しですねえ。 羨ましいなあ。」 「ヒューヒュー。」
「どっかで風が吹いてるぞ。」 「こらこら、雰囲気を考えろよ。 桜木。」
「だって俺たち そんな中じゃないんだし。」 「お似合いですわよ。 桜木君。」
「やめてくれって。」 それでもクラスメートの冷やかしは止まらない。
 うんざりした俺たちは二人で教室を出て行った。 「やっぱり彼女だぜ あいつ。」
そんな声が聞こえる。 いい加減嫌になった俺たちはそのまま昇降口から出て行った。

 まだまだ2時間目が終わったばかり。 帰るにも帰れない俺たちは通りをブラブラと歩いている。
「嫌な連中だよなあ。 俺たちって人が羨むような恋人でもないのに。」 俺がぼやくのを聞いて楓はクスッと笑った。
「何だよ?」 「だってさあ、顔に「あなたが好きです。」って書いてあるんだもん。 笑っちゃうよ。」
「そんな風に見える?」 「だって私の彼氏だもん。」
「そりゃそうかもしれねえけど、、、。」 「恥ずかしいんだね? 桜木君 可愛い。」
「止してよ。 二人揃って授業を抜け出した不良なんだぜ。」 「あっそうか。 私たちって不良なんだ。」
 楓は不意にとぼけてみせる。 俺はそんな楓を見ると思わず笑ってしまう。
グルリと学校を回って戻ってきた。 「よう、お帰りだぜ。 桜木君。」
何を思ったのか、みんなが拍手で迎えている。 「やめてくれよ。 そんな仲じゃないんだから。」
「じゃあ何でいっつもくっ付いてるんだよ?」 「それはだな、、、。」
「まあいいじゃない。 授業を抜け出した二人が戻ってきてくれたんだから。」 学級委員の今林節子が滾々と説き伏せている。
 やっと静かになった教室で俺たちも教科書を開く。 次は英語だな。
(まあ、簡単な挨拶くらい出来れば問題は無いな。) そう思いながらヒヤリングを受ける。
その後ろで順番を待っている楓も実は同じことを考えていた。 (なるべく簡単に済ませようっと。)
 昼休みになると俺たちはササっと弁当を平らげて誰も来ない教室へ飛んで逃げていく。 「あいつら、うざいからなあ。」
「ほんとね。 どうだっていいじゃないよ。」 「まあ、そういうことしか興味が無いんだよ。 可哀そうなやつらだぜ。」
 昼休みの視聴覚室に飛び込んで奥のスタジオに身を隠す。 ここなら裏にも出入り口が有るから誰か来てもすぐに逃げられるしね。
 そして黙ったまま楓と向き合う。 「何か緊張するなあ。」
「そうかい?」 「だって桜木君と二人きりなんだもん。」
「でもこのほうが安心するんだろう?」 「それもそうね。」
 椅子を引き出して並んで座る。 放送が聞こえる。
図書委員会が話し合いをやるらしい。 去年は俺も図書委員だった。
 何かと忙しかったなあ。 読書感想文コンクールとかやってたからかな?
ちなみに今年は保健委員だ。 さすがに委員長はやらなかったけど。
中学生時代に委員長までやって大変な思いをしたからやりたくなくてさ。
 楓はどうなんだって? 3年間、何もしなかったよ。
それはそれでいいじゃん。 他にたくさん居るんだから。
 何か今日は何も話せない。 たまにこういう時間も必要だなって思う。
オームみたいに喋りまくるのも疲れるしなあ。 昼休みが終われば午後は数学だけだ。
今日は職員の都合で5時間で終わりなんだよ。 終わったらさっさと帰ろうぜ。
 「ねえ桜木君 今日もスイートに行かない?」 「いいね。 やつらが出て行ったら動こう。」
俺は笑って楓の肩をポンポンと叩いてみた。 ほんとに彼女って感じだなあ。
 外は雪が降り続いている。 そろそろ名残雪に変わりそうだけど。
そしてまたまた雪の中を二人で歩く。 傘にも雪が積もっている。
けっこうな量が降ったらしいんだ。 ニュースじゃあ大雪警報が出るかも?って言ってたんだよな。
 スイートは今日も営業中。 静かなピアノ曲が流れている。
その中で俺と楓は暖炉で体を温めながらケーキを食べている。 「楓ちゃん いい男を捕まえたもんだなあ。」
「分かる?」 「やっぱり目の付け所が違うわ。 香奈にも教えてやらんといかん。」
「それは無いんじゃ無い?」 「いやいや、あいつだって俺よりいい男は居るはずなんだ。 そう思わねえか?」
「うーーーん、私香奈さんじゃないから分かんない。」 「そうか。」
 何ちゅう話をしてるんだ 真昼間から。 俺が苦笑していると、、、。
「たまにはこういう大人の話にも付き合ったほうがいいよ。 いずれ私たちもそうなるんだから。」 楓が耳元で囁いた。
 こういう時の楓ってどっか楽しそうなんだよなあ。 見たこと無いくらいに笑ってる。
 昼間は店に来る人も居なくて二人で借り切ってる感じ。 「今日はお代わり無料にしとくよ。」
「いつでも無料にしてほしいなあ。」 「おいおい、楓ちゃん この店を潰す気かい?」
「いつか乗っ取りたいとは思うけどなあ。」 「怖い女だなあ。 桜木君 教育してやってくれよ。」
「分かりました。 族のほうで教育します。」 「やだあ。 怖いーーーー。」
楓が頓狂な声を出すもんだからウェイターまで腹を抱えて吹き出してしまった。




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