利害一致の同情婚 ~カタブツ航空自衛官は契約妻を溺愛する~
「真面目そうな君が、まさか婚約者のいる息子を誘惑するとはな」

 院長の非難に、たまらず顔を上げる。

「そ、そんなこと、私は……」

 なけなしの勇気を振り絞った反論は、ひと睨みで封じられてしまった。

 おそらく、この人は真相を察しているのだろう。院内で知られている息子が遊び人だという話は、耳に入っているはずだ。

 婚約者に目撃されたとき、あの人はすぐさま保身に走った。

『何度断っても、ひと晩でいいからって誘ってくるんだよ。ここで強引な態度を見せたら、怖くなってあきらめてくれるかなって思ったんだ。誓ってなにもないからね』

 よくもまあそんな嘘がつらつらと出てくるものだと呆気に取られている間に、ふたりは私をののしってその場を後にした。

 翌日から、職場で奇妙な視線を感じるようになった。

『おとなしそうな子なのに、信じられないわね』

『文也先生が結婚する前に、既成事実を作ってしまおうっていう魂胆だったんでしょうよ』

 話していたのは、主にあの人のファンだと公言していた女性スタッフたちだ。

 私から彼に迫ったと、噂はあっという間に広まっていった。間違いなく、あのふたりが流したのだろう。表立って私を庇ってくれる人はいなかった。
 当然だ。次期院長だと目される人に睨まれたら、ひとたまりもない。

 好きだった職場はどんどんいづらさが増していき、もうどうしていいのかわからなくなっていた頃にこの呼び出しだ。

「ここまで迷惑をかけたんだ。君はどう責任をとるつもりだ?」

「私は……」

 求められている答えはひとつだけだと、わかっている。
 悔しいけれど、私の居場所はなくなってしまったのだ。

「……辞めさせて、いただきます」

 いろいろな感情をのみ込んで、なんとか応える。
 さっきまで険しい顔をしていた院長は、一転して満足そうにうなずいた。

「そうだな。幸い文也の婚約は継続されている。思うところはあるが、退職金は規定通りに支払おう。今日付けで退職になるよう、事務の方へは私から伝えておく。話はそれだけだ」

 一方的にそう告げると、さっさと出ていくように手で促される。

 やるせない気持ちをのみ込んで、なんとかその場を後にした。


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