それでは喜んで“傾国の悪女”となりましょう~欲に溺れた哀れな皆様、いつまで私のことを利用できるとお思いですか?~

商会長になった私、誘拐される②

「女が随分、調子に乗っていたようだな」
 結論から言えば、私は城からの帰り道、黒覆面の何者かに襲撃され、捕まった。ここに着いてから腕を後ろ手に縛られ、今は床に座らされている。
 身に着けていた真珠の装飾品のすべてを、ここへ連れ込まれる道中、意図的にバラして落としてきてある。まとめていた髪も、今は解けてしまった。
 真珠は気に入っていたので、できればすべて回収して、届けてほしい。
 今は清楚なドレスに不釣り合いな、大ぶりの宝石がついたブレスレットを、こっそり着け直している。いつもドレスの裏ポケットに、この手のブレスレットを入れるようにしてあるのだ。
 実は捕まってすぐは、目隠しをされていた。ものすごく得意げにしゃべる、目の前の男によって、取り払われたけれど。
 目の前の男は、明らかに貴族然とした身なり。その背後に、フードを被った黒覆面の男たちが三名控えている。
 揃いも揃って、比較的上質な生地で仕上げた覆面とローブ。さらに腰に帯剣。
 生地の選定から、腰の剣に至るまで……この人たち、素性を隠したいのか、隠したくないのか、どっちかしら?
「だ、誰!?」
 なんて思いつつ、怯えた声音と表情で、目の前の男性を見上げる。
 すると男は、ごくりと喉を鳴らした。下卑た笑みを口元に浮かべると、縛られて強調されている、私の胸元に目をやる。
 どうやら色々と、狙い通りに事が運びそうね。
 怯えた表情のまま、内心ほくそ笑む。
「大人しく従うなら、傷ひとつつけずに返してやる」
「ほ、本当? あら? 貴方は……」
「ふん、さすがに俺が誰か、わかったようだな」
「え、ええ。けれど顔を見たことがある程度なの。私、社交の場に顔を出したことがなくて」
 弱々しい口調を心がけて話す。
「ふん、滲み出る貴族の気品は隠せないものだ。特別に、俺の正体を教えてやろう」
「坊ちゃん!?」
 素顔を曝す男の言動が、明らかに段取りから外れていたらしい。覆面男のひとりが、慌てて制止の声をあげた。
「女の前で、坊ちゃんと呼ぶな! 大体、なんだ!? こんな怯えきった女如きに、なにができる!?」
「それは、そうかもしれませんが……」
「黙れ! どうせこの女は俺の物になるんだ! 計画が多少前後するだけだろう! ああ、間違ってもお前たちは、手を出すなよ」
「しかし、それでは計画が……」
 それとなく私をチラ見しつつ、覆面男のひとりが不服そうに声を萎ませる。
「ど、どういうこと? 私、まさか貴方たち全員から……グスッ……怖いわ……」
「ふん、商会主だと聞いていたから、気の強い女だと思っていたが、かわいいところがあるじゃないか。安心しろ。計画を変更して、お前の相手は俺だけがしてやる」
 おそらく本来の計画では、集団で私を傷物にするつもりだったようね。そのことを噂で流した上で、後日、目の前のアホ、んんっ、愚かな発言をする男が求婚。
 大勢に乱暴された、瑕疵付き妻の心と体を癒す美談にでもするつもりかしら? 大勢に、ともなると貴族令嬢でなくても、女性には致命的な傷を残せるもの。
 特大のため息をつきそう。
 この場には、四人の男。一瞥した限り、私を攫った者の内、ひとりは外で見張りをしているに違いない。
 王妃の警告もあり、試しに城から帰るルートを人通りの少ない道に変更した。その途端、襲われるなんて。
 虎(こ)視(し)眈(たん)々(たん)と狙っていたに違いない。
 となると半年ほど前に拾い、私が名づけた記憶喪失の護衛――ハチを置いてきて〝正解〟ね。
「俺はアクソク侯爵家の長男。次期侯爵だ。お前を次期侯爵夫人にしてやる」
「まあ、素敵。アクソク侯爵家といえば、嫡男はおひとりきりだったかしら」
「そうだ。お前と同じく、卑しい平民の血を引いた妹ならいるがな。だが、妹は凡庸な顔で、見た目も取り得もない。嫁ぎ先を見つけたところで、底辺貴族の後妻か、富裕層の平民だ」
 なるほど。確かに庶子は肩身が狭い。けれど将来性がある貴族の女性庶子なら、貴族籍である限り、爵位がそう変わらない他家へ嫁がせる駒にするはず。
 つまりアクソク侯爵家は、下位貴族にしか嫁がせられないくらい、収益を落としている。
「おいおい、機嫌を直せ。褒めてやってるんだ。お前の顔は、美しい。体つきも……傾国の悪女と呼ばれているだけあって、楽しめそうだ」
 次期侯爵の視線が、私の顔から胸と腰を舐めるように上下する。
 私の顔は、時に〝美の女神〟、時に〝男を魅了する傾国の悪女〟、なんて呼ばれるくらい、美しく整っている。
 加えて、控え目清楚なドレスだけれど、いかんせん私は、出るところは出て、ウエストもくびれがある。
「はあ、まったく。俺のように紳士的で、高位貴族の次期当主が相手をしてやるんだ。お前は幸運なんだぞ」
「紳士的?」
 ずっと無言で聞き流していれば、思わずツッコミを入れてしまった。吹き出しそうになるのを、うつむいて髪で表情を隠してこらえる。
「そうだ。予定を変更して、かわいがるのは俺だけにしてやる。ちゃんと責任も取ってやる。単なる婚前交渉にすぎないんだ」
 不満そうな雰囲気を、覆面越しでもわかるくらい滲ませる男たちと一緒に、私に乱暴するつもりで攫ったくせに、どこが紳士的なのかしら?
 首を傾げそうになった、その時。
「ピピピ!」
 開いたままの小窓から、小鳥が入ってきた。私の肩に止まってかわいらしく小首を傾げる。
 小鳥は文鳥だ。白を基調に、翼と頭に黒い斑模様が入っている。
「ピッピッ、ピチューイ、ピチューイ」
 ふふふ、ご挨拶してくれているわ。肩の上でピョンピョン跳ねるのが、とってもキュート。
 思わず微笑めば、次期侯爵が顔を赤らめた。
「ミカゲったら。思っていたより、早かったのね」
「ピッピッ、ピチューイ、ピチューイ……ピッピ……」
 声をかけると、ミカゲが私の首の後ろに移動する。そのまま髪に隠れるようにして、動かなくなった。
〝いつもの定位置〟で休み始めたらしい。
「なんだ? 早速名前を付けたのか?」
「いいえ。この子の名前はずっと昔に、私がつけたのよ。この斑模様が、御影石の一種、花崗岩に似ていたから。ところで、そろそろ離れてくれない。体臭を隠したいのでしょうけれど、香水の香りがきつすぎるわ」
 ミカゲが来たのなら、ハチの召喚に成功したということですもの。茶番は終わり。もう猫を被る理由がないわ。
「は? え? なに……」
 ――コンコン。
 私の変貌が突然すぎたのか、戸惑いを隠せていない。
 戸惑いの空気が流れる中、ドアをノックする音が響く。
 ああ、やっぱり。ミカゲの伝令鳥としての仕事の速さには、脱帽しちゃう。
 心の中でミカゲを絶賛しながら、手首の縄を解く。前世で護身術の延長線上で習った縄抜け術だ。
「臭いって言っているのよ、坊や」
 覆面男のひとりが、ドアに向かうのを視界に捉えつつ、冷笑を浮かべながら言い捨てた。
「……え、な、なにをっ……」
 すると目の前にいた次期侯爵は、真っ赤になって口をぱくぱく動かす。
「こんな風に言われて、目元まで赤くするなんて……」
 自由になった腕で、体に纏わりつく縄も解きつつ、立ち上がる。
 次期侯爵の腹に、ゆっくりと自分の靴裏を当てて、軽く押してやる。すると抵抗もせず、床に尻もちをついてしまった。
「ふふふ、女に罵られて、腰を抜かしたの? かわいらしいこと」
「ち、ちがっ」
 次期侯爵が、否定の言葉を口にしようとした、その時だ。
 ――ドガン!
 ドアが内側に向かって勢いよく開いて、鬼の形相のハチが現れた。
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