蝶よ花よ、あこがれに恋して

桜庭さんの手が私の髪を撫でる。疲れているのだろう。試合で疲弊した身体であんなに動かせてしまって、大丈夫だったのかなあ……。

「あの……桜庭さん?」

小さな声で呟くと「んー?」と、気のない返事が届いた。やっぱり、眠いらしい。

これはすぐにでも解決させなければ。

「今日は取り乱しちゃってごめんなさい。今後は気をつけますね」

円満な関係を続けるためにも、私の最優先事項は間違うべからず。勝手なことをしない。押し付けたりもしない。自分の中で注意点を留めていれば、私を拘束する腕の力がゆるくなる。

「心鈴ちゃんは忘れてない?」

「忘れる?」

桜庭さんに関して何を忘れることがあるだろう。

記憶力の良さに定評のある私は、こと推しに関すればさらに力を発揮できる。

さあ、なにを答えて見せようと張り切っていれば、桜庭さんは片腕で頭を支え、妖艶な眼差しで私を見下ろした。

「俺、心鈴ちゃんにちょっと避けられただけで相当落ち込んだんですよ」

「あ……」

それはいつかの記憶。

「忘れないで」

苦しいほど抱きしめられた、あの日の腕の強さを思い出されては、胸がぎゅうぅ……っと掴まれた。


「心鈴ちゃんより俺のが重症だってこと」


悩みをひょいと軽くしてくれるから、私の涙腺が刺激されるのは容易いことで、子どものようになく私を彼はずっとあやしてくれた。

桜庭さんを好きになってよかった……

私はこの先、何度も何度だって、この幸せを噛み締めることだろう。
< 118 / 137 >

この作品をシェア

pagetop