蝶よ花よ、あこがれに恋して
桜庭さんの手が私の髪を撫でる。疲れているのだろう。試合で疲弊した身体であんなに動かせてしまって、大丈夫だったのかなあ……。
「あの……桜庭さん?」
小さな声で呟くと「んー?」と、気のない返事が届いた。やっぱり、眠いらしい。
これはすぐにでも解決させなければ。
「今日は取り乱しちゃってごめんなさい。今後は気をつけますね」
円満な関係を続けるためにも、私の最優先事項は間違うべからず。勝手なことをしない。押し付けたりもしない。自分の中で注意点を留めていれば、私を拘束する腕の力がゆるくなる。
「心鈴ちゃんは忘れてない?」
「忘れる?」
桜庭さんに関して何を忘れることがあるだろう。
記憶力の良さに定評のある私は、こと推しに関すればさらに力を発揮できる。
さあ、なにを答えて見せようと張り切っていれば、桜庭さんは片腕で頭を支え、妖艶な眼差しで私を見下ろした。
「俺、心鈴ちゃんにちょっと避けられただけで相当落ち込んだんですよ」
「あ……」
それはいつかの記憶。
「忘れないで」
苦しいほど抱きしめられた、あの日の腕の強さを思い出されては、胸がぎゅうぅ……っと掴まれた。
「心鈴ちゃんより俺のが重症だってこと」
悩みをひょいと軽くしてくれるから、私の涙腺が刺激されるのは容易いことで、子どものようになく私を彼はずっとあやしてくれた。
桜庭さんを好きになってよかった……
私はこの先、何度も何度だって、この幸せを噛み締めることだろう。