蝶よ花よ、あこがれに恋して
「こんにちは」
振り向いた。その先にいるのは紛れもなく桜庭さんだった。差し迫った心の緊張がみるみると弛緩していくのがわかる。
「え、桜庭志邑!?」
「まじ!?」
「やばいやばい、ファンです、応援してます!」
その瞬間、男子大学生達は尊敬と輝きに満ち溢れた視線を桜庭さんへ送るではないか。
私の推し、すごい……!
女性ファンだけじゃなくて、男性ファンもいるんだ……!
「店に迷惑掛けるのやめようね」
「はい……!!」
そして彼は私の悩みを一蹴した。私の推しはアイドルではなく、ヒーローである。
どうやら桜庭さんにはどこかしこもファンがいるらしいので、比較的安全な奥の席へ案内した。
「私、お店の名前教えましたっけ」
遅れてやってきた、どうして?を訊ねる。
「聞いてない。でもこないだ店のショッパー下げてたの見て、ここかなと思って。さっきのが、揶揄ってた客?」
桜庭さんの視線は男子大学生の方に向けられている。
「はい……」と素直に頷くと、彼は視線を逸らさないまま「そう」とだけ唇を静かに動かした。
「連絡先を聞かれることってよくあるの?」
私の統計上、頻度の平均が分からない。
「えっと……たまに」
だから、いいえ以外で一番穏便な方法を答える。
「教えてる?」
「教えませんよ」
「お姉さん、電話番号教えて」
「分かりました!」
「教えるじゃん」
推しには誰だって弱くなる。
財布の紐は緩くなるし、スケジュールは空ける。
優先順位が自分よりも上になることを弱点というのなら、私の弱点は桜庭さんだ。