蝶よ花よ、あこがれに恋して
ちょっと離れよう……。
私の方が絶対に顔が大きい自信があるので遠近法を駆使する必要がある。
「……あれ?音楽?」
突然、スタジアムから軽快な音楽が聞こえたと思えば、ストレッチをしていた選手たちがおもむろに同じ動作をとり始めた。彼らの手には小さめのボールがある。
「何が始まったんですか?」
「サインボールかな。運が良ければ貰えんの」
「へえ……」
そんなサービスがあるのかと、その様子をお祭りに来た子供のように胸を弾ませながら見ているけれど、まあ、選手たちは当たり前に関係者席ではなくサポーターのいるスタンドへボールを投げ込むので関係者は縁もゆかりも無いらしい。
一際大きな歓声が聞こえた。前回の試合でシュートを二本決めていた選手がサインボールを投げ込んでいたところだった。
「桜庭さんは、いないですね」
「あいつ、基本的にファンサ能力皆無だから」
「まさか参加しないんですか?」
「そのはずなんだけどね。多分サク、こっちに来るよ」
「……え?」
きょとんと首を傾げていると、私の超優秀な瞳は彼を見つけた。ユニフォームも当然ものすごくお似合いの、桜庭さんだ。
「桜庭さん!」
嬉しくて手を振る。桜庭さんはそれに気づいたけれど、特に歩くのを早める訳もなく、ゆっくりと私たちの場所へ近づいてきた。手には他の選手と同じ、小ぶりのボールを持っていた。
「心鈴ちゃん、来てくれてありがとう」
「こちらこそ、誘っていただきありがとうございます!」
頭を下げて視線を上げると、桜庭さんは私にボールを差し出した。
「これあげる」
「い、いいんですか?」
「うん。来てくれたから」
渡されたボールにはしっかりと桜庭さんのサインが入っていた。ここは天国か。天国って行けたんだ。