蝶よ花よ、あこがれに恋して
桜庭さんは、私の、
試合が終わり、上昇した熱はすっかり夜風が攫い、夢みたいな感覚を冷ましてくれた。知らない世界を経験すると自分という人間の側面を知ることができる気がする。視野が広まる、その意味を理解する。
とてつもなく濃厚で、一瞬も油断出来ない時間を過ごしたおかげで、間違いなく昨日とは違う自分に変化しているに違いない。
「(幸せだった……!)」
私は桜庭さんからもたらされたこの幸福を何度も何度もかみしめながら、桜庭さんの到着を待っていた。遅くなるかもしれないけれど、よければ待っていて欲しいと、言われたのだ。もちろん、待つ以外の選択肢はなかった。
控え室らしい場所を用意された。けれども丁重にお断りした。
スタジアムの内部にあるベンチに座り、早速ネット上にアップされた動画やニュースなど今日の感想を拾っては、桜庭さんの画像や写真をダウンロードする、という作業に勤しんでいた。
映像や画像で見る桜庭さんは私が知る桜庭さんはいない。「サッカー選手・桜庭志邑」って感じで、全然知らない人のように思える。
桜庭さんのプレーに賞賛の声があると自分の事のように喜んだ。否定されると悲しくなった。心無い野次にはちょっと憤りを感じた。
時間も忘れて眺めていれば、
「心鈴ちゃん、ごめんお待たせ」
と、聞きなれた声が落ちてきた。
桜庭さんだ。私をのぞき込む桜庭さんがいる。
そこにはピッチ上で見た、真剣な表情の彼はいない。
私が知る桜庭さんだ。