蝶よ花よ、あこがれに恋して
「ねえ心鈴ちゃん。昨日カレーだった?」

個人的にはさようならを受け入れる予定だったのに、推しは話を続けるではないか。

今日の私の恋愛運、最強?

いや、推しのことだから、恋愛運で括るのはNG?
とにかく、とにかく、今はカレーのことだ。

「んぇ?ぁ、えと、カレー……でした」

私の脳はがんばって、平常な思考回路を取り戻した。
けれども、やっぱり人と話すのは苦手で、はいそうです、だけでもいっぱいいっぱいだ。

「やっぱり。風向き的に向かいかなって思って」

「匂い……もしかして、届いてました?」

「うん。飯食いながら腹減って、困ったよな」

「う、うちのカレーが、失礼しました」

「はは、どういたしまして」

失礼しましたの返事にどういたしましてはどうなんだろうと思いながら、一人で焦る。

……あ、なんて返せばいいんだろう。

だって、カレーは国民食だ。このマンションの住民に一人は必ずカレーの人がいるだろう。あるいは向かいの人かもしれない。それを自分だと過信するなんて、こすずのばか!ばかばかばか!

沈黙のこの空気がツンと痛い。桜庭さんもきっと困ってる。

「あの、カレー、いつも作りすぎるから、よければ今度お持ちしましょうか!」

……はい?

私、何を口走っ……

「え、いいの?」

トンデモ発言にも優しい桜庭さんは乗ってくれる。

「はい。お口に合うか分からないけれど、よろしければ」

「じゃあ……うん。楽しみにしてる」

「楽しみには、しないでください」

「はは、俺、牛すじのカレーが好き」

桜庭さんの笑顔と一緒に、牛すじのカレー、と、しっかりと脳内でメモをする。

「今日は変なところ見せてごめんね。おやすみ」

「お、おやすみなさい」

……え?いま、何が起こった……?

帰宅も忘れたマンションの目の前。ポカンと立ち尽くした22歳、春の夜。一大事です。

推しと接点が生まれてしまいました。

──これ、恋愛フラグ……なわけ、ないですよね?
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