蝶よ花よ、あこがれに恋して
桜庭さんが連れてきたのは焼肉店だった。私が知るリーズナブルな焼肉店ではなく、ぐんとお高そうな個室の焼肉店。そして栄養面のアドバイスをと意気込んでいたのに、頭を抱えていた。だって。焼肉は好きな部位を食べるからこそ楽しい。
桜庭さんは「どれがいいの」と私に意見を求める。楽しそに。
桜庭さんが楽しめてこそだ。思考回路を捻って「桜庭さんの嫌いな食べ物と、好きな食べ物を教えてください」と訊ねれば「大体なんでも食べる。好きな食べ物は、心鈴ちゃんが作った牛すじのカレー」と思ってもいない方向からカウンターをお見舞され、きゅんと心臓が鳴いた。
結果的に、お肉はタンパク質なので試合後に取り入れるには最適解だと結論づけ、桜庭さんが注文に合わせてお野菜や副菜を選ぶことにした。
焼肉の間、桜庭さんは『お仕事』の話をたくさん聞かせてくれた。テレビや週刊誌で聞く、別の世界のような話を、正面から聞かされて、桜庭さんはやっぱりプロのサッカー選手なんだなあって実感して、なんだか胸がいっぱいで、お腹は空いていたのに少ししか食べれなかった。
楽しかった時間は一瞬で終わりを迎え、ふたたびタクシーに乗り込むと今度こそ帰路につく。
「(……バイバイが名残惜しいな)」
て言っても、向かいに住んでるからいつでも会えるんだけどさ。
桜庭さんの側面をひとつ、ひとつ知る度に、彼と距離が近づくたびに、さようならが難しくなるのは何故だろう。