蝶よ花よ、あこがれに恋して
二度目、三度目、口を開いたのはいつで、舌が絡み合ったのもいつで、何度目から私は桜庭さんの背中に手を回して、彼もまた、ずるずるとしゃがみ込む私の腰を支えている。

「……あ、の、桜庭さん……、アイス、食べましょ?」

「んー……心鈴ちゃんにする」

「し、試合、終わって、疲れてますよね」

「全然?」

心配を他所に、桜庭さんはもう一度口付ける。

本当に溶けそう……。

キスだけで酸欠になってゆくのに、気持ちがいい。相反するふたつの感情に溺れそうになったその時、桜庭さんは私を解放した。

「ごめんね、無理させた?」

額に触れるその手が優しい。桜庭さんは心配そうに私を覗き込む。

「だ、大丈夫……です。……早く慣れたいから、もう一回、してください」

それから、私の肩口に額を押し付けた。

え……?もしかして、いまので寝ちゃった……!?

おそるおそる視線をスライドさせる。もちろん寝ているはずもなく、桜庭さんの目はどこか感情をうしなっているように見えた。諦め、とも言う。

「ああ、今日は俺ん家にするんだった……」

言葉の意味がわからずに「え?」と首を傾げると「ううん、何でもない」と、桜庭さんは自分の中で完結させて、もう一度私の頬を撫でた。

「少しずつ慣れようね」

その手の優しさが、眼差しの誠実さが、私と彼の関係が変化したことを物語っている。

「(彼氏……)」

最初は向かいに住んでいるちょっと気になる人、次第に推すようになった人、アイドル疑惑を経てサッカー選手だと判明した桜庭さんは、今日から私の恋人、です。
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