蝶よ花よ、あこがれに恋して



──『心鈴ってさ、プライベートの全部を聞かないと気が済まないの、もう、正直付き合いきれないよ』

あれは一昨年の春。マンションの目の前で男女が痴話喧嘩をしていた。試合終わりにやめろや……とうんざりしていれば、その片割れが朝、たまに見掛ける女性だと気付く。そして同時に、タイプだと目で追っていた女性の名前が、こすず、であることを知る。

手ぶらで部屋着らしい、こすずと呼ばれたその子と、彼女よりずっと年上に見受けられる男性はスーツ姿。なお、男の襟元にネクタイは結ばれていない。

推測するに、彼女の部屋でやることやった後、別れ話を切り出したのだろう。

『……え……と……それって、つまり、しつこいってことですか?』

『しつこいというか、重い』

『あは、おもいんだあ……』

狼狽えて、泣きそうな声を絞り出す〝こすず〟と、早く帰りたいと言わんばかりに、どうでもよさそうな男。

『ごめん、言ったら傷つくかなと思って言えなかった。心鈴は可愛いし、俺より大事にしてくれる人がきっと見つかるよ』

「じゃあ、」と、そう言って背を向ける男を、〝こすず〟は引き止めることもせず、そればかりか「帰り道、気を付けてください」と、健気にもその背中に向かって声をかけている。
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