蝶よ花よ、あこがれに恋して
「……き、気付いてたんですか?」
肩をすぼめると、恥ずかしさで小さくなった。
「そりゃあ気付くよね」
スマホをポケットに仕舞うと、彼は腰を持ち上げて並ぶ。
「桜庭さんが今朝も素敵すぎて、声を掛けるのを躊躇っていました」
「それ、毎朝聞いてる」
彼はくしゃりと微笑んだ。その笑顔が少年のようで私の母性本能が容赦なくくすぐられてしまって、たまらない。
朝の木漏れ日が、少し冷たい空気が、見慣れた住宅街が、彼と並んで歩くことによってこんなにも心地よいものになるのか。
これも全て桜庭さんによってもたらされている。
桜庭さんとは私のお店の近くで毎朝別れる。最寄りのバス停を利用するらしい。
「じゃあ、また夜」
「はい。食べたい晩御飯のリクエスト、毎秒お待ちしてます」
「ありがと。仕事、頑張ってね」
桜庭さんはよしよしと頭を撫でてくれる。今日も今日とて、甘さの供給過多で溶けそうだ。
図らずも、緩みきった頬で「桜庭さんも、頑張ってください!」と手を振って別れると、一部始終を見ていたらしい白瀬さんに、白い目で見られる。
「サッカー好きの彼氏、胡桃沢さんのこと大好きよね〜」
「そうかな……そうだといいな」
「健気ねえ……私にも少し分けて欲しいわ」
ちなみに、桜庭さんがプロのサッカー選手だと職場のひとには気付かれていない。桜庭さんは常に顔を隠しているし、熱心なサッカーファンじゃないと結びつかないのだろう。ただ私が以前サッカー関係のデコレーションをしていたことがきっかけで、桜庭さんのサッカー好きが刷り込まれてしまっている。本当はプロなのに。