恋エネルギーは保存する!?教えて!リケ女の詩織ちゃん

第1話 あなたの恋の伝わり方(中3理科)

わたし――北川愛美は西森中学校に通う、3年生。

この4月から、ついに受験生になってしまった。

……そして、恋をしてしまった。

ちなみに、勉強はそんなに得意じゃない。数学や理科は、大のニガテ。

本当はもっと真剣に勉強した方が良いに決まってるけど……わたしの心はそれどころじゃない。

(やっぱり、カッコ良いなあ……)

休み時間。わたしは机に突っ伏して寝る。

睡眠時間は、毎日8時間。

夜の11時にはちゃんと布団に入ってるから、十分足りてる。

そう。わたしが寝ている理由は「眠いから」じゃない。

(はあ。……もっと話、したいなあ)

腕の中で首を横に傾ける。視線の先に……わたしの大好きな人がいる。

大原龍太郎くん。

「そう? そんなカッコ良いかな」

仲の良い友達は、みんなわたしに言う。

「カッコ良いってば! 龍太郎くんの魅力が分からないなんて……どうかしてるよ!」

身振り手振りを交えて、いったい何度説明したか分からない。龍太郎くんの魅力を。

「カッコ良いし、優しそうだしさ……。めっちゃタイプだなあ……」

放課後は、窓の外に目をやってぼんやりと龍太郎くんへの想いを呟く。

そして、みんな呆れ果てる。

そう、それで良い。

わたしが龍太郎くんのことを大好きであることを、みんなにアピールしている。

正直、今は全然距離が縮まってない。中3になって、初めて同じクラスになったから。

(あぁ……どうやって話をしようかなあ)

毎回わたしは、机で寝たフリをしながら、うっすら目を開けて龍太郎くんを見つめているのだ。

「いやあ……カッコ良いなあ……」

2時間目は音楽。音楽室へ移動する時、龍太郎くんの後ろを歩く。

「……それならさ、しゃべりかけてみれば良いじゃん。わたし声かけてあげよっか?」

「やややや! 止めてよ! 美穂は何でそんなにアグレッシブなのよ」

意地悪に笑いながら、美穂はスタスタと歩いていく。思わず顔を熱くなってしまった。

「ははっ! ウブだねえ~、愛美は」

「ちょっと、速いってば……追い付いちゃうじゃん……」

龍太郎くんとの距離を保つかのように、わたしはスピードを緩めた――。

☆ ☆ ☆

「じゃ、ばいばーい! 部活、頑張ってねえ!」

「うん! また明日ねっ!」

(やっと終わったよ……長かった)

午後3時。ホームルームが終わると、教室はぱあっと明るくなる。

部活に向かう人、教室でしゃべっている人……色々。

特に部活にも入っていないわたしは、いつも一人で帰ってる。

美穂は吹奏楽をやっているから、一緒に帰れることは滅多にない。

(さてと、帰るか)

いつものように教室を出ようとした、その時だった。

「ねえ、愛美ちゃん」

(ん? ……わたし?)

聞きなれない声が、後ろからわたしの名前を呼んだ。

「ああ……詩織ちゃん……?」

矢口詩織ちゃん。

驚いた……3年生になって、初めて声をかけられた。

もう4月も終わろうとしてるけど、一度もしゃべったことはない。

詩織ちゃんは、陰キャだから。

いっつも机で寝ている。

帰りも誰とも一緒に帰らない。

(こんな声してるんだ、詩織ちゃん……)

「もう、帰るの?」

「えっ……? あっ、う、うん。別に部活もやってないから……」

「そっか」

黒ブチ眼鏡。

小さい顔に似合わないサイズの眼鏡。

わたしは思わず、後ずさりしてしまった。

(え? 何……? わたし、何かやっちゃったかなあ?)

少しの恐怖感を覚えてた。大きな眼鏡の奥から、じっとわたしを見つめる詩織ちゃん。

表情は、まさに「無」。何を考えてるのか、まったく分からない。

「愛美ちゃん……ちょっと時間、良いかな」

視線を反らすことなく、詩織ちゃんは感情のない声で小さく呟いた。

「え? わたし?」

「うん。すぐ終わるよ」

「まあ……それなら……」

「ありがと。カバン、下ろしたら?」

いったい何が始まるんだろう?

怖かったけど、詩織ちゃんの指示に従って、わたしはカバンを下ろす。そしてゆっくりと自分の椅子に座った。

それにしても、クラスで陰キャ認定されている詩織ちゃん……

こんなに食い気味で、わたしにいったい何の用なんだろう?

「ね、詩織ちゃん……どうした……の?」

「……」

じっとわたしを見つめ続けたまま、何も言ってくれない。

「わたしさ……詩織ちゃんにさ、何かしちゃったかな……?」

「……」

またも何も言ってくれない。ますます怖い。

いつの間にか、クラスにはわたしと詩織ちゃんの2人になっていた。

「私……愛美ちゃんの先生になっても、良いよ」

「はあ? 先生?」

「そう。先生」

頭が真っ白になった。詩織ちゃんが何を言っているのか……まったく理解できなかったから。

しばらくお互いに無言になってしまった。校庭から男子の楽しげな声が、響き渡る。

「どういうこと? ……先生って」

「愛美ちゃんてさ……龍太郎くんのこと、好きでしょ」

「ちょちょちょちょ……ちょっとおおお……! どういうこと!?」

「あれ? もしかして……当たってた?」

「ななな、何言ってるのよ、そんなわけ……」

「愛美ちゃん。顔が真っ赤だよ」

思わず両手でほっぺたを触る。相変わらず、じっとわたしを見つめている詩織ちゃん。

わたしは目を反らしてしまった。

「……分かりやすいなあ。愛美ちゃんは」

「えっ……? そんなに?」

「うん。そんなに」

「げえ……そんなにか」

「はあ」と諦めるように、ため息をついた。

ちらりと教室に目をやると、誰も入ってこない。わたしは思いっきり伸びをした。

「そうなのよねえ。でも……なかなか声、かけられなくてさ」

「でしょうね。いっつも愛美ちゃん、対流してるなあって思って」

「……対流?」

「うん。対流。どんなやつか、説明しようか?」

「え?」

そもそも詩織ちゃん、何でわたしに声をかけたんだっけ……?

「私ね、愛美ちゃんを応援したくて」

「……応援?」

「そう。どう見ても龍太郎くんのこと、好きなんだろうなあって思って……。お手伝いしたいなあって」

「……何、それ」

ずっと。ずっと詩織ちゃんは真顔のまま。笑ったことがないんだろうか?

「将来、理系の大学に行きたいなあって思って。理科の勉強、頑張ってるのよ。私」

「……はあ」

「で、愛美ちゃんの様子を見てるとね、『あ、理科で説明できるじゃん』っていつも思ってたから」

「理科で? 説明?」

「そう。ちゃんとマスターしたら……愛美ちゃん、龍太郎くんとお話できるんじゃないかなあって思って。どう?」

「……どう? って言われても……だからさっき、先生って言ってたのか」

「そういうことだよ」

びっくりして何も言えなくなった。

理系とか、大学とか……わたしに関係ないじゃん……。でも、詩織ちゃんの圧がスゴイ。

「ね、どうする?」

「あ……じゃ、お願いしようかなあ」

「成立だね……。頑張るね。私!」

そう言うと、詩織ちゃんはすっとわたしに手を伸ばしてくる。

「握手……?」と思い、わたしはとりあえず、手を掴んだ。

「あっ、はい……よろしくお願いします……」

ゴールデンウィークを目前にした、放課後の教室。

まだまだ白く明るい光が教室内に差し込んでいる中……わたし達の師弟関係が、結ばれたのだった。

☆ ☆ ☆

「熱にはね、伝わり方が3種類あるんだよ」

「はあ……」

「先ずは、対流。これは愛美ちゃんがやってるやつね」

「わたし、対流してんの……? てか、対流って何」

まだ見回りの先生も来ない。引き続き教室内では、詩織ちゃんの授業が始まった。

「龍太郎くんのこと……好き! 龍太郎くんのこと……好き! って思ってるくせに……ずっと心の中で、もやもや渦巻いてるでしょ?」

「ちょっと……言い方……」

「だって本当でなんだから。仕方ないじゃない」

「……」

「その想いが、愛美ちゃんの体の中から出ないで、ずっと下から上。上から下。『龍太郎くんのこと、好き!』ってぐるぐる、ぐるぐる回っているのが『対流』だよ」

「……なるほど」

「だから、その想いは愛美ちゃんの体の外に出ることは、ないってわけ」

わたしの想いは、わたしの中でだけでぐるぐるしている『対流』というらしい。

「で、次が放射だね」

また真顔で、詩織ちゃんは言う。時々、眼鏡をくいっと上げる仕草が、先生に見えてくる。

「放射? また……難しそうな言葉だな」

「放射は、今度は外に出て行く想いだよ」

「ほう! 外に! それ、どんなヤツ!?」

「まあ、落ち着いて。放射は『龍太郎くん、好き!』って愛美ちゃんが想っていたことが、体からもわあ~って……外に出ていく、伝わり方のことね」

「なるほど! それは良いね! 伝わるんだね!」

「そういう『伝わり方』のことだから。放射できると良いね」

「一気に興味出てきた! で? で? 3番目は?」

急にしゃべらなくなった、詩織ちゃん。すっと視線をずらして……つかつかと歩き出した。

「何よ……どうしたの? 3番目、教えてよ」

「難しいのよ」

ぼそりと詩織ちゃんは呟く。思わずわたしも息を飲んで詩織ちゃんの言葉を待った。

「3番目はね……『伝導』」

「伝導?」

「そう。この伝わり方は……直接ね」

急に真顔でわたしに視線を向けた。

「直……接? どういうことよ」

「そのままよ。握手でも何でも良いから……直接触れるの。その時の、愛美ちゃんの想いの伝わり方を……『伝導』と言います」

「はああ!? 伝導、ムリぃぃぃ!」

思わず叫んでしまった。

「おい! 早く帰れよ!」と先生が飛んできて……わたしと詩織ちゃんは、急いで教室から逃げるように走り出した。

(ひゃああ……伝導かよぉ……無理だな、それは……)

一緒に横を走っている詩織ちゃん。つい1時間前までは考えらない。「まあ……いっか」とと深く考えずに、全速力で昇降口までダッシュした――。

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