優しい雨が降る夜は
そのまま舞台袖で聴きたい気持ちを抑え、美月はホワイエに戻る。
「ごめんね、大丈夫だった?」
「はい、問題ないですよ。美月さんもホールの中で聴いて来たらいいのに」
気を使ってくれるアルバイトの男の子に、美月は「ありがとう、でも大丈夫」と笑った。
ホワイエに設置されたモニターがステージの様子を映し、かすかに演奏が聞こえてくる。
(そう言えばあの曲、なんて名前なんだろう? エチュードって言ってたよね)
先ほど感銘を受けた演奏を思い出し、プログラムを開いてみた。
バラードやポロネーズ、ノクターンなどが並ぶ中、ショパンのエチュードはOp.10-12「革命」しかない。
(革命は私も知ってるけど、さっきの曲とは違うよね。でも他にエチュードはないし……)
不思議に思いながらも、モニターから聞こえてくる音に耳を澄ませた。
(やっぱりすごく引き込まれる。素敵な演奏)
1曲目が終わり、遅れて来たお客様をホール内に案内すると、友利がマイクを握って話し始めた。
「皆様、本日は私のような無名の新人のリサイタルに、ようこそお越しくださいました。この時間、この空間を皆様と共有出来ることに感謝し、今感じている喜びと幸せを全て演奏に込めたいと思います。どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください」
深々とお辞儀をする友利に、温かい拍手が贈られる。
「見た目はかっこいいのに、性格が控えめなところがいいわよねえ」
「うん。ピアノの腕前もいいし、これから一気に有名人になりそう。私達、先見の明ありよね」
「そうね。ファンクラブ出来たら会員番号1桁狙おう」
客席の女性達から、そんな会話が聞こえてきた。
やっぱり1桁ってなんだか特別よねと、美月は妙なことを考えながらホールを出る。
その後は遅れて来る来場者もなく、預かった友利への花束やプレゼントを袋にまとめて、アンケート回収ボックスをいくつか並べた。
最後の曲が終わると、感激の面持ちで詩音がホールから出て来た。
「はあ、すっごく良かったです。美月さん、ありがとうございました」
「どういたしまして。アンコールは聴かなくていいの?」
「はい、さすがにそこまでは……。ちゃんとお仕事しなきゃ」
詩音は、使い終わったテーブルをバックヤードに運び始める。
すると、モニターから聞こえていた拍手の音が止み、再びピアノの音色が聞こえてきた。
美月はハッとする。
(この曲、さっきの……!)
間違いない。
キラキラと輝きながら降り注ぐ流星群のような曲。
(アンコールだったんだ。プログラムに載ってない訳ね)
うっとりと聞き惚れていると、詩音が戻って来た。
「えっ、嘘! すごい!」
詩音もモニターから聞こえてくる音に釘付けになる。
短い曲はあっという間に終わった。
「ひゃー、この曲をこんなに簡単そうに弾くなんて」
「詩音ちゃん、この曲知ってるの?」
「はい。ショパンの『滝』っていうエチュードなんですけど、右手が恐ろしくワイドなアルペジオで超絶技巧なんです。それをこんなに軽やかに弾くなんて……」
「滝!? そんな名前だったのね」
言われてみれば、自由自在に流れを変える水のようにも思えるが、友利の演奏はもっとスケールが大きく、輝きに満ちている気がする。
余韻に浸っていると、場内が明るくなり、観客が一斉に扉から外に出て来た。
美月と詩音は、急いでテーブルに戻る。
「ありがとうございました。アンケートはこちらのボックスにお願いいたします」
声をかけながら笑顔で観客を見送った。
「ごめんね、大丈夫だった?」
「はい、問題ないですよ。美月さんもホールの中で聴いて来たらいいのに」
気を使ってくれるアルバイトの男の子に、美月は「ありがとう、でも大丈夫」と笑った。
ホワイエに設置されたモニターがステージの様子を映し、かすかに演奏が聞こえてくる。
(そう言えばあの曲、なんて名前なんだろう? エチュードって言ってたよね)
先ほど感銘を受けた演奏を思い出し、プログラムを開いてみた。
バラードやポロネーズ、ノクターンなどが並ぶ中、ショパンのエチュードはOp.10-12「革命」しかない。
(革命は私も知ってるけど、さっきの曲とは違うよね。でも他にエチュードはないし……)
不思議に思いながらも、モニターから聞こえてくる音に耳を澄ませた。
(やっぱりすごく引き込まれる。素敵な演奏)
1曲目が終わり、遅れて来たお客様をホール内に案内すると、友利がマイクを握って話し始めた。
「皆様、本日は私のような無名の新人のリサイタルに、ようこそお越しくださいました。この時間、この空間を皆様と共有出来ることに感謝し、今感じている喜びと幸せを全て演奏に込めたいと思います。どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください」
深々とお辞儀をする友利に、温かい拍手が贈られる。
「見た目はかっこいいのに、性格が控えめなところがいいわよねえ」
「うん。ピアノの腕前もいいし、これから一気に有名人になりそう。私達、先見の明ありよね」
「そうね。ファンクラブ出来たら会員番号1桁狙おう」
客席の女性達から、そんな会話が聞こえてきた。
やっぱり1桁ってなんだか特別よねと、美月は妙なことを考えながらホールを出る。
その後は遅れて来る来場者もなく、預かった友利への花束やプレゼントを袋にまとめて、アンケート回収ボックスをいくつか並べた。
最後の曲が終わると、感激の面持ちで詩音がホールから出て来た。
「はあ、すっごく良かったです。美月さん、ありがとうございました」
「どういたしまして。アンコールは聴かなくていいの?」
「はい、さすがにそこまでは……。ちゃんとお仕事しなきゃ」
詩音は、使い終わったテーブルをバックヤードに運び始める。
すると、モニターから聞こえていた拍手の音が止み、再びピアノの音色が聞こえてきた。
美月はハッとする。
(この曲、さっきの……!)
間違いない。
キラキラと輝きながら降り注ぐ流星群のような曲。
(アンコールだったんだ。プログラムに載ってない訳ね)
うっとりと聞き惚れていると、詩音が戻って来た。
「えっ、嘘! すごい!」
詩音もモニターから聞こえてくる音に釘付けになる。
短い曲はあっという間に終わった。
「ひゃー、この曲をこんなに簡単そうに弾くなんて」
「詩音ちゃん、この曲知ってるの?」
「はい。ショパンの『滝』っていうエチュードなんですけど、右手が恐ろしくワイドなアルペジオで超絶技巧なんです。それをこんなに軽やかに弾くなんて……」
「滝!? そんな名前だったのね」
言われてみれば、自由自在に流れを変える水のようにも思えるが、友利の演奏はもっとスケールが大きく、輝きに満ちている気がする。
余韻に浸っていると、場内が明るくなり、観客が一斉に扉から外に出て来た。
美月と詩音は、急いでテーブルに戻る。
「ありがとうございました。アンケートはこちらのボックスにお願いいたします」
声をかけながら笑顔で観客を見送った。