優しい雨が降る夜は
「ふう、お疲れ様。夜遅いから、みんなもう上がってね」

最後の観客を見送ると、ホール内の忘れ物チェックと受付の撤収作業をしてから、美月はアルバイトの詩音達を帰らせた。

紙袋にまとめた花束やプレゼントなどを両手いっぱいに抱えて、楽屋に向かう。

どうにか右手を動かしてノックをすると、「はい」という返事のあとにドアが開いた。

「わっ、びっくりした」

驚いて後ずさる友利に、美月は大量の花束の横から顔を覗かせる。

「すみません、友利さん。手がふさがっていて……。こちらは全てお客様から友利さんへの贈り物です」
「あっ、そうでしたか。ありがとうございます」

友利は美月の手から紙袋を受け取った。

「こんなにたくさんいただいたんですね。嬉しいなあ」
「ええ。皆様、演奏も聞き惚れていらっしゃいましたよ。ファンクラブが出来たら入りたいって。会員番号1桁狙いで」
「ファンクラブ!? 僕なんかがそんな……」
「作ったら喜ばれるんじゃないですか?」
「いえいえ。まだフリーで活動していますし、エージェントにも拾ってもらえないので」
「きっとあっという間にCDデビューも果たされますよ。今夜の演奏、とっても素敵で……あっ」

美月は思い出して言葉を止める。

「どうかしましたか?」
「はい、あの。先ほどは見当違いなことを申しまして失礼しました。あのエチュード、滝というのですね」

友利は、ああ、と笑顔になった。

「とんでもない、とても嬉しかったです。今までは『難しいのによく弾けますね』とか、『まさに滝のようでした』と褒めていただくことしかなかったのですが、僕はこの曲を、難易度や滝のイメージを払拭して演奏してみたかったのです。あなたはそれを感じ取ってくださった。流星群のようだったと言われて、本当に嬉しかったです」

純粋な眼差しで、嘘偽りなく語る友利に、美月も笑顔で頷く。

「わたくしのような素人の感想がお役に立つなんて、こちらこそ嬉しいです。でも、他の曲はホールの中では聴けなくて……」
「そうでしたか。ではまたいつか、コンサートにいらしてください」
「はい。あ、もうお着替え済まされてるなら、お荷物運びますよ」

来た時と同じラフなジーンズとジャケット姿の友利は、帰る支度も整っているようだった。

「ありがとう」

美月の手から半分紙袋を受け取り、友利は楽屋を出る。

美月も、忘れ物がないかチェックしてから楽屋の電気を消すと、友利のあとに続いた。
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