優しい雨が降る夜は
それからしばらく経ったある日のこと。
「館長、おはようございます」
いつものように出勤して挨拶すると、館長は美月の顔を見るなり慌てて近づいて来た。
「風間さん、ちょっとこっちへ」
「え? どうかしましたか?」
「いいから、早く」
いつになく真剣な表情の館長に気圧され、美月は黙ってあとをついて行く。
バックオフィスに入ると、館長はドアを閉めてから美月に尋ねた。
「風間さん。ピアニストの友利さんと、最近会ったりした?」
は?と、美月は声を上ずらせる。
「友利さんと、ですか? いいえ、全く。ここでリサイタルを開いた時にお会いしただけです」
「やっぱりそうだよね」
「あの、友利さんがどうかしましたか?」
「うん、それが。風間さんって、SNSやってる?」
「いいえ、なにも」
「そうか。実は今、この写真が話題になってるんだ」
そう言うと館長は、ポケットからスマートフォンを取り出して、美月に画面を見せた。
「この写真なんだけど……。これって、友利さんと風間さんじゃないかな?」
え?と、美月は画面に目を凝らす。
花束を手に笑顔を浮かべている友利と、彼に向かい合っている誰かの背中が写っていた。
暗くて不鮮明な写真だが、背景はここのホールで、二人の横にはタクシーが止まっている。
背中しか写っていないが、背格好と着ている制服から、自分に間違いないと美月は思った。
「はい、友利さんと私です。リサイタルのあと、友利さんに贈られた花束やプレゼントを半分持って、タクシーまでお見送りしました。その時に撮られたのだと思います」
「やっぱりそうか……」
「館長、この写真は誰がなんの為に撮ったのですか? どこかに掲載されているのでしょうか」
「それがね、恐らくリサイタルを聴きに来た人だと思うんだけど、自分のSNSに何気なく投稿したらしい。友利 健二の写真を撮ったと、自慢したかっただけみたいなんだが、それが徐々に引用されて広がって。そのうちに誰かが、友利が恋人に花束を贈った場面を押さえたって書き込みをしたんだ。そこから爆発的に話題になって、場所がうちのホールだということもバレてしまって……」
美月は話の途中から、目を見開いて言葉を失った。
「私もまさかそんな騒ぎになっているとは知らなかったんだけど、今朝数人の女性がここに押しかけて来てね。この写真の女は誰だ? って。私が、なんのことやら分からないと答えたら、事の経緯を説明されたんだ。とにかくこの写真の人に心当たりはないからと言って、なんとか今日のところは帰ってもらったけど、またいつやって来るか分からない。風間さん、念の為しばらくはカウンターにいない方がいい。バックオフィスで仕事をしてくれないか?」
「そんな、あの……。ずっとバックオフィスで、ですか? いつまででしょう」
「うーん、明日や明後日になっても誰も来なければ大丈夫かもしれない。とにかく2、3日は様子を見よう」
美月は仕方なく頷く。
「分かりました。館長、ご迷惑をおかけします」
「いや、君が謝ることなんてなにもないよ。こちらこそごめんね。だけど、君の身になにかあってからでは遅いから」
「はい、ありがとうございます」
そして美月は、1日中バックオフィスにこもることになった。
「館長、おはようございます」
いつものように出勤して挨拶すると、館長は美月の顔を見るなり慌てて近づいて来た。
「風間さん、ちょっとこっちへ」
「え? どうかしましたか?」
「いいから、早く」
いつになく真剣な表情の館長に気圧され、美月は黙ってあとをついて行く。
バックオフィスに入ると、館長はドアを閉めてから美月に尋ねた。
「風間さん。ピアニストの友利さんと、最近会ったりした?」
は?と、美月は声を上ずらせる。
「友利さんと、ですか? いいえ、全く。ここでリサイタルを開いた時にお会いしただけです」
「やっぱりそうだよね」
「あの、友利さんがどうかしましたか?」
「うん、それが。風間さんって、SNSやってる?」
「いいえ、なにも」
「そうか。実は今、この写真が話題になってるんだ」
そう言うと館長は、ポケットからスマートフォンを取り出して、美月に画面を見せた。
「この写真なんだけど……。これって、友利さんと風間さんじゃないかな?」
え?と、美月は画面に目を凝らす。
花束を手に笑顔を浮かべている友利と、彼に向かい合っている誰かの背中が写っていた。
暗くて不鮮明な写真だが、背景はここのホールで、二人の横にはタクシーが止まっている。
背中しか写っていないが、背格好と着ている制服から、自分に間違いないと美月は思った。
「はい、友利さんと私です。リサイタルのあと、友利さんに贈られた花束やプレゼントを半分持って、タクシーまでお見送りしました。その時に撮られたのだと思います」
「やっぱりそうか……」
「館長、この写真は誰がなんの為に撮ったのですか? どこかに掲載されているのでしょうか」
「それがね、恐らくリサイタルを聴きに来た人だと思うんだけど、自分のSNSに何気なく投稿したらしい。友利 健二の写真を撮ったと、自慢したかっただけみたいなんだが、それが徐々に引用されて広がって。そのうちに誰かが、友利が恋人に花束を贈った場面を押さえたって書き込みをしたんだ。そこから爆発的に話題になって、場所がうちのホールだということもバレてしまって……」
美月は話の途中から、目を見開いて言葉を失った。
「私もまさかそんな騒ぎになっているとは知らなかったんだけど、今朝数人の女性がここに押しかけて来てね。この写真の女は誰だ? って。私が、なんのことやら分からないと答えたら、事の経緯を説明されたんだ。とにかくこの写真の人に心当たりはないからと言って、なんとか今日のところは帰ってもらったけど、またいつやって来るか分からない。風間さん、念の為しばらくはカウンターにいない方がいい。バックオフィスで仕事をしてくれないか?」
「そんな、あの……。ずっとバックオフィスで、ですか? いつまででしょう」
「うーん、明日や明後日になっても誰も来なければ大丈夫かもしれない。とにかく2、3日は様子を見よう」
美月は仕方なく頷く。
「分かりました。館長、ご迷惑をおかけします」
「いや、君が謝ることなんてなにもないよ。こちらこそごめんね。だけど、君の身になにかあってからでは遅いから」
「はい、ありがとうございます」
そして美月は、1日中バックオフィスにこもることになった。