優しい雨が降る夜は
どれくらいそうしていたのだろう。
ザーッというかすかな音に、美月は顔を上げる。
(雨……。いつの間に?)
窓の外は、降りしきる雨で景色が霞んで見えた。
「あー、降ってきた」
「ほんとだ。もう梅雨入りしたもんね」
近くのテーブル席から、女の子達の会話が聞こえてくる。
「やだなー。雨の日って髪型も決まらないし、服も濡れちゃうからオシャレ出来ないよね」
「分かる。バッグも靴も、防水スプレーしないといけないし」
「私、もう開き直って、レインコートとレインシューズで通勤してるよ」
「それ、正解だよ。最近は可愛いの売ってるもんね」
「ねー。今年も新調しようかな」
「うんうん。テンション上げて、鬱陶しい梅雨を乗り切ろう!」
楽しそうに笑う女の子達を、美月は遠くに感じた。
(私とは違う。こんなふうに楽しい日々は送れない。私の心境は、この雨そのもの)
明るい女の子達の雰囲気に居たたまれなくなり、美月は席を立った。
カフェを出ると屋根の下で、バッグの中から折りたたみ傘を取り出す。
その拍子に、文庫本も一緒にバッグから落ちた。
パサッと開いたページから、またしても栞がひらりと滑り落ちる。
拾い上げようと屋根の下から1歩踏み出した美月に、サーッと雨が降り注ぐ。
緊張の糸が切れたように、ふいに涙が込み上げてきた。
(もう嫌だ、なにもかも)
しゃがみ込むと、両腕の中に顔をうずめる。
雨に打たれていたい。
全部全部、どうでもいい。
投げやりになってそう考えた時、突然雨が止んだ。
え?と、美月は顔を上げる。
「どうした!?」
「……雨宮さん?」
優吾が傘をかざして屈み込み、心配そうに美月の様子をうかがっていた。
「なにがあった?」
「あ、いえ。栞を拾おうとしただけです」
美月は急いで、足元の栞と本を拾ってから立ち上がる。
「すみません、ありがとうございました」
顔を伏せたままお礼を言い、その場から立ち去ろうとする美月を、優吾が後ろから腕を伸ばして止めた。
「ちょっと待って。どうして泣いてる?」
「違います、これは雨で」
美月は慌てて手のひらで頬を拭う。
「泣いてるだろう。なにがあった?」
「本当になにもないんです。それでは、失礼します」
再び頭を下げる美月に、優吾は着ていたサマージャケットを脱いでふわりと羽織らせた。
「え? あの……」
「そのままでは風邪を引く。うちまで送るから、おいで」
美月はその場に佇んで優吾の手を振りほどいた。
「風間さん?」
「えっと、一人で帰れますので」
「……そう。髪も濡れてるし、身体も冷えてるだろうから、タクシーを使った方がいい。そこの通りで拾おう」
そう言って優吾は美月の肩を抱き、傘の中に入れた。
大通りに出ると、手を挙げて空車のタクシーを止める。
「どうぞ、乗って」
「あの、ジャケットを」
美月が返そうとすると、優吾は首を振った。
「そのまま着てて」
美月の腕を支えて後部シートに座らせると、優吾は運転手に「お願いします」と声をかけてから美月に尋ねる。
「自宅はどっち方面?」
「あの……今夜は自宅には、帰れなくて」
「え?」
消え入りそうなほど小さく呟いてうつむいた美月を、優吾はしばらくじっと見つめてから、自分もタクシーに乗り込んだ。
「すみません、有明までお願いします」
運転手にそう告げる優吾を、今度は美月がじっと見つめる。
「あの、雨宮さん?」
「ひとまず俺の部屋に行こう。とにかく身体を温めないと。話はそれからだ」
そう言うとスマートフォンを取り出してなにやら操作し始めた優吾に、美月はそれ以上は言えずに口をつぐんだ。
ザーッというかすかな音に、美月は顔を上げる。
(雨……。いつの間に?)
窓の外は、降りしきる雨で景色が霞んで見えた。
「あー、降ってきた」
「ほんとだ。もう梅雨入りしたもんね」
近くのテーブル席から、女の子達の会話が聞こえてくる。
「やだなー。雨の日って髪型も決まらないし、服も濡れちゃうからオシャレ出来ないよね」
「分かる。バッグも靴も、防水スプレーしないといけないし」
「私、もう開き直って、レインコートとレインシューズで通勤してるよ」
「それ、正解だよ。最近は可愛いの売ってるもんね」
「ねー。今年も新調しようかな」
「うんうん。テンション上げて、鬱陶しい梅雨を乗り切ろう!」
楽しそうに笑う女の子達を、美月は遠くに感じた。
(私とは違う。こんなふうに楽しい日々は送れない。私の心境は、この雨そのもの)
明るい女の子達の雰囲気に居たたまれなくなり、美月は席を立った。
カフェを出ると屋根の下で、バッグの中から折りたたみ傘を取り出す。
その拍子に、文庫本も一緒にバッグから落ちた。
パサッと開いたページから、またしても栞がひらりと滑り落ちる。
拾い上げようと屋根の下から1歩踏み出した美月に、サーッと雨が降り注ぐ。
緊張の糸が切れたように、ふいに涙が込み上げてきた。
(もう嫌だ、なにもかも)
しゃがみ込むと、両腕の中に顔をうずめる。
雨に打たれていたい。
全部全部、どうでもいい。
投げやりになってそう考えた時、突然雨が止んだ。
え?と、美月は顔を上げる。
「どうした!?」
「……雨宮さん?」
優吾が傘をかざして屈み込み、心配そうに美月の様子をうかがっていた。
「なにがあった?」
「あ、いえ。栞を拾おうとしただけです」
美月は急いで、足元の栞と本を拾ってから立ち上がる。
「すみません、ありがとうございました」
顔を伏せたままお礼を言い、その場から立ち去ろうとする美月を、優吾が後ろから腕を伸ばして止めた。
「ちょっと待って。どうして泣いてる?」
「違います、これは雨で」
美月は慌てて手のひらで頬を拭う。
「泣いてるだろう。なにがあった?」
「本当になにもないんです。それでは、失礼します」
再び頭を下げる美月に、優吾は着ていたサマージャケットを脱いでふわりと羽織らせた。
「え? あの……」
「そのままでは風邪を引く。うちまで送るから、おいで」
美月はその場に佇んで優吾の手を振りほどいた。
「風間さん?」
「えっと、一人で帰れますので」
「……そう。髪も濡れてるし、身体も冷えてるだろうから、タクシーを使った方がいい。そこの通りで拾おう」
そう言って優吾は美月の肩を抱き、傘の中に入れた。
大通りに出ると、手を挙げて空車のタクシーを止める。
「どうぞ、乗って」
「あの、ジャケットを」
美月が返そうとすると、優吾は首を振った。
「そのまま着てて」
美月の腕を支えて後部シートに座らせると、優吾は運転手に「お願いします」と声をかけてから美月に尋ねる。
「自宅はどっち方面?」
「あの……今夜は自宅には、帰れなくて」
「え?」
消え入りそうなほど小さく呟いてうつむいた美月を、優吾はしばらくじっと見つめてから、自分もタクシーに乗り込んだ。
「すみません、有明までお願いします」
運転手にそう告げる優吾を、今度は美月がじっと見つめる。
「あの、雨宮さん?」
「ひとまず俺の部屋に行こう。とにかく身体を温めないと。話はそれからだ」
そう言うとスマートフォンを取り出してなにやら操作し始めた優吾に、美月はそれ以上は言えずに口をつぐんだ。